June 25, 2013 / 5:53 AM / 6 years ago

ブログ:コンピューターは人類を超えるか

浜田 健太郎

写真は24日、ワルシャワにて(2013年 ロイター/Kacper Pempel)

スーパーコンピューター「京」開発の立役者、井上愛一郎氏(理化学研究所計算科学研究機構統括役)にインタビューする機会を得た。井上氏は気さくな話し好きで、2時間近くに及んだ取材の最後に最も聞きたかった質問を投げた。「そう遠くない将来、コンピューターが知性で人類を追い抜くことがあるのか」と。

井上氏は「人間には到底達成しえないような冷静、的確な判断は、コンピューターのほうがはるかに上になる」と答えた。ちょうど2年前、京が世界一を達成した際にノーベル賞学者の野依良治博士と並んで記者会見したスパコン界の第一人者は、インタビューで、「弁護士や医者など専門職といわれている分野で、コンピューターのほうが人間に勝っていく」と断言した。

「テクノロジーの進化が指数関数的な速度で拡大し、2045年にはコンピューターを基盤とした人工知能(AI)が人類全体の知能を追い抜く。それにより人間の生活が後戻りできないほどに変容する」──。アメリカの未来学者、レイ・カーツワイル氏の著書「ポスト・ヒューマン誕生─コンピュータが人類の知性を超えるとき」(NHK出版、井上健監訳)には、驚くべき近未来像が満載だ。

詳しくは本を読んでもらうしかないが、600頁近い大部を読了するのは骨折りかもしれない。著者の博覧強記ぶりに驚く一方で、「本当にそんなことが実現するのか」「マッド・サイエンスの類ではないか」と、大部分の人が眉唾ものと受け止めてしまうような、容易に理解や納得ができない記述がてんこ盛りで、最後まで付き合うには忍耐が要る。

カーツワイル氏が描く近未来像はこんな具合だ。「2020年代の終わりまでにはコンピュータの知能が、生物としての人間の知能と区別がつかなくなる」、「分子レベルで設計されたナノロボット数十億個を脳の毛細血管に送り込み、人間の知能を大幅に高める」、「他者の感情を理解して適切に反応するという人間の能力も、機械知能が理解して自由に使いこなす」、「ナノ技術でできた身体は、人間の生身の体よりもはるかに性能がよく長持ちする」。

ごく大ざっぱに要約するなら、今世紀中には人間とコンピューターが融合し、AIが人類の子孫になるというものだ。個人の記憶や意識は「AIにアップロードする」ことによって残り、人類は肉体や寿命の制約から解放され、事実上の不老不死を手に入れる…。

サイエンス・フィクションと見紛うようなカーツワイル氏の主張が妥当かどうかを判断する能力は私にはない。アメリカにも「ナンセンス」だとの批判があるようだが、同書の帯でビル・ゲイツ氏は「レイ・カーツワイルはわたしの知る限り、人工知能の未来を予言しうる最高の人物だ」とコメントしているし、グーグル(GOOG.O)は昨年末、カーツワイル氏をAI開発の責任者として招へいしている。

一般社会の受け止めとはともかくかく、コンピューター界の大物たちが一目を置く人物であることは間違いない。

黎明期からのコンピューター開発の群像を描いた「チューリングの大聖堂─コンピュータの創造とデジタル時代の到来」(早川書房、ジョージ・ダイソン著、吉田三知世訳)には、グーグルの野心の一端を垣間見る印象的な場面がある。グーグルが世界中の本をスキャンしていることはよく知られているが、私はその理由を完全に誤解していた。同社の技術者はその目的について、「人々に読ませるためではない。AIに読ませるため」と打ち明けている。

最近公開された「グーグル・グラス」の洗練の極みともいえるインターフェースをみると、人間とコンピューターがさらに接近する時代の到来を確信させるし、ヒトの目を通じて森羅万象をコンピューターで捉えようとする、ITの巨人の強固な意志がうかがえる。

井上氏のインタビューに話題を戻そう。富士通(6702.T)在籍時代からの友人だという伊藤英紀氏は、米長邦雄・永世棋聖(昨年末死去)を破った将棋ソフト「ボンクラーズ」の開発者だ。経緯を知る井上氏は、「いろいろな定石をコンピューターに覚えさせて、有力な手を先読みさせて大局的な判断ができるようになった」と勝因を語り、コンピューターが人間の能力を凌駕する現象が、弁護士や医師などの専門職にも波及するだろうと予測する。

「弁護士は、法律や判例を覚え、いまのケースに当てはめて判断する。将棋よりずっと簡単そうだ。医療もそう。相当優秀な医者でも、世界中の人間が受けた治療など覚えられない。的確な情報はコンピューターが持つようになる」と井上氏は語る。

今年3月、コンピューターが将棋の現役プロ棋士を破ったことが話題になったり、2011年2月には自然言語を理解するIBM(IBM.N)の質問応答システム「ワトソン」が米人気クイズ番組で人間チャンピオンを負かすなど、「人間の知」の優位性が揺らぐ事例が増えている。

カーツワイル氏が描くような近未来には至らずとも、人類のコンピューター依存は増す一方で、それに比例してリスクも高まっている。テロリズムに対する重要システムの脆弱性の増大、アルゴリズム取引が増えることに伴う金融市場のボラティリティーの急拡大、有名無実化するプライバシー保護など、挙げればきりがない。

技術の進化を人為的に食い止めることは不可能に近いと思うが、想像力を膨らませて近未来をシミュレーションするような議論が日本ではほとんど聞かれない。

「どんなプログラムを入れるかによって、コンピューターは諸刃の剣になる」と語る井上氏。ロボット技術開発が進む米国では、宇宙開発などよい面だけは表に出てくるが、海外で軍が無人機を飛ばすなど、人に危害を加えることを禁じるロボット工学三原則に違反していると、同氏は指摘する。

世界2位と3位のスパコンを持つ米国と、このほどスパコン世界一に返り咲いた中国は、ともに軍事目的が開発の背景にある一方で、日本のスパコン開発には平和利用という原則があり、京の利用にも誓約書を求めるのだという。

「日本だからこそできることがある」と語る井上氏に、「平和利用が日本のスパコン開発のバックボーンになるのか」と尋ねたら「そうだ」と答えた。日本は世界をリードできる技術基盤と理念を示すことができるのだろうか。

(東京 25日 ロイター)

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