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焦点:英経済にコロナ余波、早期退職増で減る労働人口

[ロンドン 9日 ロイター] - 50代のウッドブリッジさん夫妻はコロナ禍中、人生には仕事よりも大切なことがあると心に決め、ストレスの多い仕事をきっぱりと辞めた。英国ではこうした早期退職者が増え、インフレによる生活費の高騰にもかかわらず、労働人口縮小を案じる政府の復職呼びかけを拒否している。

3月9日、50代のウッドブリッジさん夫妻(写真)はコロナ禍中、人生には仕事よりも大切なことがあると心に決め、ストレスの多い仕事をきっぱりと辞めた。英エレスメアで6日撮影(2023年 ロイター/Phil Noble)

新型コロナウイルスのパンデミックによる社会の混乱を背景に、健康悪化を含めさまざまな理由で50―60代の労働者が退職。慢性的な人手不足につながっており、何年にもわたり英国の経済成長の足を引っ張ると予想されている。

ハント財務相は、英国には彼らが「ゴルフコース」から職場に戻ることが必要だ、と訴える。しかし早期退職者の多くは比較的裕福なため、その気にさせるのは容易ではない。ハント氏は15日の予算に復職奨励の政策を盛り込むことを検討している。

しかし、元ハイテク系マーケティング幹部のリズ・ウッドブリッジさん(58)と元ファンドマネジャーのイアン・ウッドブリッジさん(57)夫妻には住宅ローンも無く、イングランドの田舎で新たな生活を楽しんでいる。2人は元の職場からコンサルタント職を提示されたが断った。

「どんな条件でも、どんな種類の仕事でも、とうてい戻る気にならない」とリズさん。地元の学校で試験監督の仕事を臨時でやってみたこともあるが、自分の時間を奪われるためすぐに辞めた。

2桁のインフレによって夫妻の生活費は日々増えているが、心変わりするほどではないとイアンさんは言う。

政府にとって労働人口の縮小は、経済の潜在成長力を低下させ、賃上げ圧力とインフレをあおるため、頭の痛い問題だ。折しも英国は欧州連合(EU)離脱による貿易や投資の停滞もあって、成長が抑圧されている。

主要7カ国中で、経済規模が未だにパンデミック前の水準より小さいのは英国だけだ。エコノミストは、このことと労働人口の縮小には関係があると考えている。

英国家統計局によると、2019年第4・四半期以来、英国の16歳から64歳の労働人口は40万8000人減り、うち31万3000人が50歳以上だった。

生活費が高騰しているにもかかわらず、50─64歳の労働人口は昨年半ばに付けた最低水準から6万8000人しか増えていない。

50代以上の労働者の大量早期退職は、他の先進諸国では類を見ないものだ。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、55─64歳の就業率は、先進国中で英国が最も大幅に低下している。

イングランド銀行(英中央銀行)は先月、英国全体の労働参加率は予見可能な将来にわたってパンデミック前の水準を下回り続ける、との見通しを示した。

ハント財務相の打てる手は限られている。スナク首相は年初、福祉制度をもっとうまく利用して復職を促したいと述べた。しかし国家統計局の調べでは、早期退職者を含む55―59歳の非就業者の約90%が、国の給付金に頼って生活していない。

英雇用研究所のディレクター、トニー・ウィルソン氏は「これは説得が難しい。早期退職者の実に90%が、おそらく、もしくは決して再び働くことはないと言っているのだから」と語った。

<黄金の世代>

ウッドブリッジさん夫妻に言わせれば、政府は悠々自適の高齢者に税制優遇を施して仕事に就かせようとするのではなく、限られた資源を若者の支援に使うべきだ。自分たち「黄金の世代」は確定給付年金や無償の大学教育を享受し、今の若者には夢でしかない安い住宅に恵まれてきたのだから。

「子ども達は学生ローンを背負っているし、われわれが楽しんだ40年間のパーティー代を負担しているも同然だ」とイアンさんは言う。

早期退職を決断する上で、裕福さは大きな決め手となっている。パンデミック前のデータに基づく英レゾリューション財団の分析では、50─59歳の人々を資産水準に応じて5段階に分けると、最上位層は最下位層に比べて早期退職する確率が10倍高かった。

個人年金に入っている英国民は55歳から税制上の「懲罰」なしに資産を引き出せる。この年齢は諸外国よりも低い。

英国立経済社会研究所のデピュティ・ディレクター、スティーブン・ミラード氏は、英国で高齢労働者が他国よりも大幅に減っていることに、この制度が影響していると言う。

イアンさんによると、彼らの場合はロンドン近郊の自宅の価格が上昇するなど、パンデミック中に経済的なチャンスが生まれたことも早期退職の決断を早めることになった。夫妻はこの家を売り、もっと安い田舎の物件に移った。

しかし、早期退職の決め手になるのは経済的なゆとりだけではない。

デボラ・フェイハンさん(62)は国民保健サービス(NHS)の病棟管理の仕事を2020年4月に辞め、膝の故障で退職を余儀なくされた夫と慎ましい年金で暮らしている。元同僚からは復職を進められるが、きついシフト仕事に戻りたくはない。

英労働組合会議の調査によると、50─64歳の低所得国民の間で辞職の理由として最も多いのは、早期退職よりも健康上の問題だ。

英国の労働年齢人口のうち、長期的な健康問題で経済活動ができない人は2019年末に比べて39万人増えている。

昨年9月末までの1年間の調査では、パンデミック以来仕事を辞めた理由として、50―64歳では早期退職と健康上の理由が半々に分かれた。

<貴重な熟練職人>

一部の企業は、経験豊富な高齢の労働者を高く評価している。アパレル企業、ファッション・エンターのジェニー・ホロウェイ最高経営責任者(CEO)にとって、そうした労働者の確保は優先課題だ。英国のEU離脱後に欧州大陸からの労働者が減っていることもあり、さらに重要性が増している。

同社はそのために就労条件を少し改善しており、熟練の縫製職人の時給は20ポンド(24ドル)と、英国平均を大幅に上回る。

ホロウェイ氏は、新米の労働者がこの水準に達するには何年も要すると説明。「技術があるのは高齢の労働者だ。われわれが必要とするスキルを備えた若い人々は見つからない。だから高齢労働者を引き留めることは極めて重要だ」と語った。

(David Milliken記者)

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