for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up

フォトログ:赤ちゃんの命を守れ、ドンバス地域最後の産院

[ポクロウシク(ウクライナ) 13日 ロイター] - ロシアの激しい攻勢を受けるウクライナ東部ドンバス地域で、今もウクライナが維持している地区に1カ所だけ運営を続けている妊産婦専用医療施設がある。ポクロウシク市周産期センターだ。

窓際には土のうが積まれ、分娩に使われる部屋は「壁2つの法則」に沿って用意されている。建物の最も安全な場所は少なくとも2つの壁で外部と隔てられた部分である、という法則だ。

院長のイワン・ツィガノク医師は、「時には砲声が響く中で分娩を行わなければならないときもある。分娩は途中で止められものではないから」と話す。

イワン・ツィガノク医師。ポクロウシク市周産期センターで。

最も近い前線から約40キロの位置にある同センターでは、戦火が妊産婦に与える苦悩を見て取ることができる。出産可能な場所はあるのか、病院もいずれ攻撃を受けるのではないかという不安だけではない。医師たちの観察によれば、早産になる率が高まっているという。

ツィガノク院長は、同センターの初期データを踏まえ、ロシアの攻撃にさらされる生活のストレスによって早産が急増しているのではないかと懸念している。ロイター記者もこのデータを確認した。またこうした現象は、他の紛争地域も観察されている。

息子のイリューシャちゃんを抱くカーチャ・ブラブツォワさん(35)。

ロシアは民間人を標的とした攻撃を否認しているが、第二次世界大戦以降で欧州最大の武力衝突の勃発から5カ月が過ぎようとする中で、ウクライナの都市や町、村の多くが瓦礫と化している。

ロシア政府は、ウクライナを非武装化し、ロシア語話者をナショナリストによる迫害から守るために「特別軍事作戦」を実施していると主張する。ウクライナ政府は、帝国主義的な領土奪取に向けた根拠のない口実だと反発している。

カーチャ・ブラブツォワさん(35)の第2子イリューシャちゃんも早産児の1人で、わずか妊娠28週間で生まれた。ツィガノク院長によれば、このセンターがなければ生き延びる可能性はゼロだった、と話す。

ベッドに横たわるイリューシャちゃん、ポクロウシク市周産期センターで。

同センターの保育器と看護のおかげで、イリューシャちゃんは元気に育っている。

青緑色の手術着にクロックスのサンダルを履いたツィガノク院長は、「1日24時間の看護体制をとった」と話す。

ブラブツォワさんは小さな息子をあやしながら、最前線の町に近い自分の村は砲撃にさらされていたので、どのように出産することになるのか不安だったと話す。

娘のバンヘリアちゃんの様子を確かめるエレーナ・ダーデルさん(33)。
7月13日、ロシアの激しい攻勢を受けるウクライナ東部ドンバス地域で、今もウクライナが維持している地区に1カ所だけ運営を続けている妊産婦専用医療施設がある。写真は6月、同医療センターを受診するビクトリヤ・ソコロフスカさん。この後女児を出産した(2022年 ロイター/Marko Djurica)

「地下室で出産せざるを得なかったかもしれない」とブラブツォワさんは言う。

<増加する早産>

ツィガノク院長がロイターに示したデータによれば、2021年にポクロウシク市周産期センターで生まれた1000人強の新生児のうち、妊娠37週目以前に生まれた早産児は約12%だった。世界保健機関(WHO)の統計では、ウクライナ全体では約9%だった。同院長は、これは例年と大差ない水準だったという。

窓には土のうが積まれている。

だが2月24日の侵攻開始以来、同センターで生まれた115人の新生児のうち19人が早産児で、割合にして約16.5%だったという。多くの女性が避難してしまったため、出生総数そのものも少ないとツィガノク院長は説明する。

ツィガノク院長がセンターを創設したのは2015年。ドンバス地方を構成するドネツク、ルガンスク両州の広大な領域を親ロシア勢力が掌握した翌年のことだ。近隣の地域最大の都市ドネツクには大規模な産婦人科病院があったが、ドネツクは2014年に親ロシア派勢力が統治する「ドネツク人民共和国」の支配下に入ってしまった。

2014年から22年にかけて続いた同地域の紛争では1万4000人以上の死者が出ている。新設の周産期センターに所属する医師たちは、長引く紛争が妊娠や出産に影響を与えた事例をしばしば目にしてきた。

ポクロウシク市周産期センター内で休憩を取る看護師たち。

2017年、同センターの産婦人科医オレシア・クシュナレンコ氏は、こうした影響を実証することに着手した。妊産婦に対する戦時下のストレスが胎盤に与える影響に関する研究を行い、博士論文にまとめるのだ。

クシュナレンコ氏が調査した女性は69人。いずれも紛争地域の近くで暮らし、妊娠期間を通じて高いストレスレベルに晒されていたが、それ以外の点では特に健康上の問題はなかった。

生後6日のソフィアちゃんの診察を見守るマリーナ・ツパタさん(26)。

女性の半数以上には胎児や胎盤に関する機能不全が見られ、胎児に十分な酸素と栄養が送られていなかった。クシュナレンコ氏によれば、対照群である女性38人に比べ、4倍もの比率だった。

また、ストレスレベルが高い母親から生まれた新生児では、対照群に比べ早産も含む合併症も高い比率で見られた。

現在2人の子どもと共にスペインで暮らすクシュナレンコ氏は、今回の戦争は妊娠や出産に関してさらに大きな影響を与えているものと推測している。

「以前の国内紛争よりもはるかに激しい。ウクライナ全土が大きな危険にさらされている」とクシュナレンコ氏は言う。

娘のエフゲニアちゃんを抱くカティア・モロゾワさん(29)。

<マリウポリの病院>

ツィガノク院長は、3月にマリウポリの病院で起きたような直撃を食らえば、窓際に土のうを積んだ程度の対策ではセンターや入院患者を守ることはできない、と語る。

ウクライナ当局と報道写真によれば、ロシア側のミサイルの直撃を受けたマリウポリの病院では少なくとも3人が死亡し、妊婦らが入院着のまま避難を強いられた。中には、破片で負傷した妊婦もいた。

ロシア国防省は病院への攻撃を否認し、事件はウクライナ側の自作自演であると非難した。

ポクロウシク市周産期センターのキッチンを歩く看護師。

ドネツク州知事によれば、マリウポリの周産期センターが破壊され、近隣のクラマトルスクのセンターも閉鎖されたため、現在では、同州のウクライナ支配地域に残る住民約34万人にとって産婦人科病院はポクロウシク市周産期センターとなった。

同センターに通う1人が、女の子を出産予定のビクトリヤ・ソコロフスカさん(16)だ。

ソコロフスカさんは先月、「銃砲撃で苛立っている」と語ってくれた。妊娠36週目に入り、できるだけ安静を心がけているという。「自分の苛立ちが赤ちゃんに悪影響を与えるのではないか」と心配していた。

その後、ソコロフスカさんは元気な女の子、エミリアちゃんを生んだ。

(Simon Lewis記者、翻訳:エァクレーレン)

for-phone-onlyfor-tablet-portrait-upfor-tablet-landscape-upfor-desktop-upfor-wide-desktop-up