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焦点:ウクライナ侵攻で賠償請求は可能か、市民が直面する高い壁

[ブチャ(ウクライナ) 7日 ロイター] - ウクライナの首都キーウ(キエフ)郊外ブチャに住むビタリー・ジボトウスキーさん(51)は、今年前半、ロシア軍がこの街を占領していた間に大きな損傷を受けた自宅を何とか復旧しようと努力している。屋根は破壊され、室内は炎に蹂躙(じゅうりん)され、窓の多くは吹き飛ばされている。

 ウクライナの首都キーウ郊外ブチャに住むビタリー・ジボトウスキーさんは、今年前半、ロシア軍がこの街を占領していた間に大きな損傷を受けた自宅を何とか復旧しようと努力している。写真は自宅の中に立つジボトウスキーさん。4月撮影(2022年 ロイター/Zohra Bensemra)

エンジニアとしての所得があるとはいえ、とうてい修繕費用は賄いきれないという。そこでジボトウスキーさんは、戦時賠償の形で支援を得ようと試みている。訴追・補償につながることを期待し、弁護士の助けを借りつつ、ウクライナ当局と、オランダのハーグにある国際刑事裁判所(ICC)の双方に対し、彼自身が被害者ないし証人となるような「戦争犯罪の証拠」と考えられるものを送付した。

ICCによれば、ジボトウスキーさんのように、戦時中に発生した損害や暴力被害について賠償を求める可能性を探るウクライナ人が増えているという。

勃発から6カ月を経て膠着(こうちゃく)状態に陥った紛争では、数万人が命を落とし、何百万人もの難民が発生し、都市全体が破壊された例も複数ある。ウクライナ政府は14万戸以上の住宅が損傷を受けたか破壊されたと述べており、エコノミストらは、住宅及びインフラの損害額は1000億ドル(約14兆2800億円)を超えると推計している。

だが、ロイターの取材に応じた賠償問題の専門家3人は、ジボトウスキーさんのような多くのウクライナ人にとって、ロシアや国際司法機関、あるいは自国の制度に基づいて補償を受けられる可能性は今のところ小さいと指摘した。さらに、被害者が賠償を受けられるとしても何年も先で、限定的な金額にとどまるかもしれないという。

国際的な刑事裁判が賠償につながるルートになる可能性はあるが、ICCが扱うのは、損害の責任を負うべき個々の加害者であって、国家ではない。また一部の専門家によれば、ICCが賠償額を決定するのは、必ずと言っていいほど長期を要する訴訟が終わってからであり、とても現実の費用を賄えそうにない、どちらかといえば名目的な金額になる可能性もある。

国内レベルでの補償体制が整えられる可能性もあり、ウクライナは国際社会との協力のもとで補償体制を準備することを約束している。だが、補償対象者の範囲や原資の調達方法については不透明だ。ウクライナ政府はロシアの資産を各国で差し押さえて補償の原資としたいと表明しているが、ロシア政府は違法だとして反発している。

戦時賠償についてロシア政府にコメントを求めたが回答は得られなかった。ペスコフ大統領報道官は、凍結されたロシアの資産をウクライナ復興に活用することは「明らかな窃盗」行為になると述べている。ウクライナ及び西側諸国はロシアによる戦争犯罪を非難しているが、ロシア政府はこれを否定し、隣国を非武装化するための「特別軍事作戦」で民間人を標的とすることはないとしている。

ジボトウスキーさんの弁護士、ユーリ・ビロウス氏は、依頼者の自宅再建に向けた何らかの経済的支援を獲得できると期待していると話す。また、戦争犯罪の訴追が成功すれば、正義が執行されたという意味で、多少なりとも心理的な慰めになるだろうと言う。

開戦前は企業法務も扱っていたビロウス弁護士だが、現在では、戦争犯罪の被害を訴える40人以上のウクライナ人から受任しており、その多くはやはり賠償を求めているという。ジボトウスキーさんの隣人であるリュドミラ・キジロワさんもその1人だ。キジロワさんの夫はロシア兵に頭部を撃たれ、自宅は全焼したという。キジロワさんの証言について、ロイターは独自の裏付けを得ることができなかった。

当初は賠償を得る可能性について楽観的だったジボトウスキーさんだが、今は確信が持てないという。ロイターが6月に取材で訪れた際、階段の手すりの残骸である金属片を手にしながら、「この先どうなるか分からない。自分の家を再建するために、他国からの何らかの支援を当てにできるのかどうか」と語った。

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ウクライナのゼレンスキー大統領は、侵攻を原因とする損害のコストはロシアが負担するよう求めている。国際法においては、国際的な違法行為に責任のある国家は、その行為によって生じた損害を賠償しなければならないという原則が確立されているが、この理念を実現するための所定の仕組みや法廷は存在しない。

<ICCの取り組みは初期段階>

ジボトウスキーさんが補償を得られる見込みはあるのか。戦時賠償を担当するICC部局のトップを今月まで務め、現在では顧問の座にあるピーター・デバーン氏によれば、ウクライナ問題へのICCの関与は「まだほんの手始めの段階」にすぎないという。同氏はまず戦争犯罪の訴追が行われて、「その後でようやく賠償について考えることができる」と説明する。

ICCは、賠償を受けるための最初のステップとして、公判への参加申請を「継続的に」受け付けているところだと言うが、ICCに連絡してきたウクライナ人の数については明らかにできないとしている。

ウクライナは、賠償を受けるため国際的な仕組みを構築しつつあるとしており、他国で差し押さえられたロシア資産の売却益を原資にしたいと説明している。コロンビア大学ロースクールの国際請求賠償プロジェクトの担当ディレクターで、賠償問題に関するウクライナ政府のアドバイザーとなっている米国を拠点とする弁護士、パトリック・ピアソール氏は、ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ政府は、戦時賠償の獲得に向けて「できるだけ早急に最大限の努力を進めている」ものの、その仕組みについてはまだ決定を見ていないと語る。

ピアソール氏によると、これまでの例では、ジボトウスキーさんのように住宅を破壊された被害者は最終的に何らかの補償を得ているという。ロイターが取材した専門家の一部は、賠償という場合、その範囲は単に経済的コストの負担に留まらず、復旧や加害事実の承認なども含まれると述べた。

過去には、国家が賠償金を拠出した例もある。第2次世界大戦後は、枢軸諸国が賠償金を払った。戦時賠償の専門家2人は、国家が支払いに同意する場合、被害者に対して直接支払われるのではなく、他の国家に対して支払われる場合が多いと話している。

<「限りなく小さい」可能性>

ジボトウスキーさんの家は2階建てのレンガ造りで、「ヤブルンスカ通り」と呼ばれるブチャの大通りから少し離れた、緑豊かな脇道に面している。この家を建てるには約10年を費やしたという。共に家を建てた両親は、その後亡くなってしまった。ジボトウスキーさんは、この家で「幸せな生活」を過ごせるものと思っていたという。

だが、3月3日に状況は一変した。装甲車両に乗り込んだ数十人の兵士がフェンスに突っ込み、家を占拠してしまった。その後1週間、ジボトウスキーさんは娘とともに、兵舎扱いで居座る30人近いロシア兵と一緒に暮らさざるをえなかった。捕虜が家に連行されるのを目撃し、ロシア兵が捕虜の1人を殴打する音も聞こえた。

3月10日に何とか家を脱出したが、3月末にロシア軍が撤退した後にブチャに戻ると、家の大部分は焼け落ちていた。

ジボトウスキーさんは、自分には何も残されていないと言う。ロイターの取材に対し、「51歳の誕生日は、誰か別の人の服を着て、何もかも借り物の状態で過ごした。とても恥ずかしく思う」と語った。いま履いている靴は、隣人の亡くなった夫の持ち物だという。

家を再建する十分な資金がないため、近隣の人々の善意に頼っている。7月初めにロイターが再び取材に訪れたとき、住居の残骸には10数人の男性がよじ登り、2階のがれきを撤去していた。

ジボトウスキーさんは、訴追・賠償の可能性を高めるため、自分の苦境に関する証拠をICCとウクライナ当局に送ることを決めたという。提出した情報ではロシアに責任ありとしているものの、兵士を具体的に特定してはいない。民間人の資産の意図的な破壊、違法な拘束、音で察せられた拷問といった戦争犯罪があったとしている。

賠償の専門家3人は、ジボトウスキーさんがICC経由で賠償を獲得する可能性は非常に低いと話す。理由の1つは、ICCの使命は、最も地位の高い実行犯による最悪の戦争犯罪に注力することだからだ。また、何年もかかるプロセスを経て実行犯が有罪判決を受けた後でなければ、その特定の犯罪の被害者は賠償を受ける資格を主張できない。

専門家の1人、ベルファスト大学ロースクールのルーク・モフェット上級講師は、ジボトウスキーさんがICC経由で賠償を獲得できる可能性は「限りなく小さい」との見方を示した。

<賠償以外の望みは>

ジボトウスキーさんのようなウクライナ市民にとっては、国内の戦後補償プログラムを通じて補償を求める方が成算は大きいかもしれない。3人の専門家によれば、裁判所を経由するよりも、被害者認定のハードルが低くなる可能性が高いからだ。こうしたプログラムでは、理論上、他国の政府や機関からの自発的な義援金を含め、国内・海外双方の資金を被害者に配分することができる。ウクライナは、戦災被害者を認定し応分の処遇を与える国家レベルでの制度を確立する計画があるとしている。

賠償問題の専門家であるイゴール・クベトコフスキー氏は、制裁対象の個人・企業の資産など、諸外国において差し押さえられたロシア資産の売却益を補償の原資とすることもできる、と語る。同氏は国連移民機関を代表して、ウクライナ人被害者及びウクライナ政府との協議に応じている。

紛争が継続中だけに、どの程度の人数が賠償を請求することになるかは不透明だ。ウクライナの弁護士で国会議員を務めたこともあるオレナ・ソトニク氏は、「毎日、誰かの命が失われ、インフラが損なわれていく」と話す。同氏は現在、戦時賠償問題に関して政府、市民団体、戦災被害者による協議の取りまとめを支援している。

(Joanna Plucinska記者、Stephanie van den Berg記者、Stefaniia Bern記者、翻訳:エァクレーレン)

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