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アングル:ロシア国民、経済的苦痛「まだ」軽微 前途は多難

[ロンドン 30日 ロイター] - モスクワの南東510キロメートルにあるサランスクの街。ここで理髪店チェーンを経営するオレグ・ケチン氏にとって、ロシアがここ数十年で最悪の経済危機に陥るという予測は、大げさなものに感じられる。

 モスクワの南東510キロメートルにあるサランスクの街。ここで理髪店チェーンを経営するオレグ・ケチン氏にとって、ロシアがここ数十年で最悪の経済危機に陥るという予測は、大げさなものに感じられる。写真はモスクワ市内のビジネスセンターのの高層ビル群。4月29日撮影(2022年 ロイター/Maxim Shemetov)

バイデン米大統領は、西側諸国による制裁でロシア経済を壊滅させると断言したかもしれないが、ケチン氏の店の客足に衰えは見られない。

「深刻な危機などない。おおむね、すべてうまく行っている」とケチン氏。「誰もが購買力の低下を口にするが、私には感じられない」

だが、いくつかの指標が信頼に足るものならば、こうした自信に十分な根拠はないかもしれない。対外貿易は急減、消費者の購買意欲は衰え、生活必需品の価格上昇は家計を圧迫し始めている。

ロシア当局者は、国内経済は持ちこたえていると主張する。中央銀行は5月26日、主要政策金利を3%ポイント引き下げ11%とした。中銀は18─23%としている22年のインフレ見通しを調整するとし、2023年に5─7%に減速するとの予測を示した。

資本規制と輸出企業に対し外貨収益の半分を売却させる命令により、ルーブルは1ドル=66ルーブル前後まで反発し、ロシアがウクライナ侵攻を始めた2月24日以前より上昇している。

プーチン大統領は、外国企業がロシア国内の資産を売却ないし放棄して撤退したことを歓迎し、ロシアを国際貿易から切り離すことは不可能だと語った。

もっとも、ロシア経済が無傷で逃げ切れると誰もが信じているわけではない。モスクワ在住のロマンさん(25)は、ミドルクラスの生活について「以前に比べて劇的に変わったわけではない」が、憂慮すべき兆候が見られると話している。

「1つ気になることは、日用品、さらには野菜までも値上がりし続けている点だ。これから最悪の状況になるという前触れかなと思っている」とロマンさんは言う。「私の周りの雇用状況もあまり楽観視できない」

<「需要の危機」>

いくつかの指標がこうした懸念を裏付けている。日刊紙「コメルサント」は財務省の速報値に基づき、個人消費を映す付加価値税の4月の納付額が前年同月比で54%減少したと報じた。

マクシム・レシェトニコフ経済発展相は27日、事業・個人消費の双方で「需要危機」が発生していると述べた。

ロシアは金融フローに関する大半のデータについて公表を停止しているが、フィンランド銀行(中央銀行)が国内税関のデータを元にまとめた数値では、ロシアによる輸入は急激に減少している。しかも、西側諸国からの輸入だけに留まらない。

フィンランド中銀によれば、中国によるロシア向け輸出は4月に4分の1減少。ベトナム、韓国、マレーシア、台湾からの出荷も半分以上減少したという。

レシェトニコフ氏によれば、制裁により崩壊したサプライチェーンをメーカー各社は再構築しつつあり、「基幹企業」2000社は優先的な融資プログラムを利用できるという。

とはいえ、インフレ率は過去20年で最高の17%超に留まっている。つまり、プーチン大統領は年金と最低賃金の10%引き上げを発表したものの、それでもなお多くの人々にとって、実質ベースでの家計収入は減少しているということだ。

だが、物価上昇はロシアにとって最大の問題ではないかもしれない。ルーブル高によりインフレ率は前週比で急激に低下しているが、ロシアの孤立が進むことによる経済生産への脅威の拡大を防ぐことはできないだろう。

レシェトニコフ氏は「ロシア経済におけるマネーの減少が減産や価格低下などをもたらせば、デフレスパイラルに陥る懸念がある」と語った。

一方で、ウクライナでの軍事作戦の戦費調達は国家予算にとって大きな負担となるだろう。シルアノフ財務相は27日、ロシア政府の言う「特別軍事作戦」には「巨額の財源」が必要だと語った。

<景気刺激策も>

ロシアは今年22%増加する歳出を支えるため、約1100億ドル(14兆2100億円)の流動資産を持つ政府系ファンド「国民福祉基金」へすでに手をつけていることを、レシェトニコフ氏は明らかにしている。

シルアノフ財務相は、ロシア政府は「当面の状況」に対応する景気刺激策として8兆ルーブル(1230億ドル)を計上したと語った。ただ、そのうち新規の歳出がどの程度で、どれくらいの期間にわたるものかは不明だ。

自動車メーカーから銀行に至るまで、西側企業の撤退によって発生した経済生産・雇用に対する影響の全体像が見えてくるのは、まだこれからだ。

仏パリ政治学院のセルゲイ・グリエフ教授(経済学)は、今後数カ月の間に、その影響がより顕著に現れると予想する。

「本当の痛みはまだ始まっていない。撤退予定でもまだ賃金を支払っている企業や、輸入部品の在庫を使って生産を継続している企業があるからだ」とグリエフ教授は言う。同教授は以前、欧州復興開発銀行のチーフエコノミストを務めていた。

米モルガン・スタンレーのエコノミストらは、2022年の家計支出は13%減、投資は23%減になると予想する。同銀のチーフ地域エコノミストであるアリナ・スリュサルチュク氏はリポートで、ロシアの長期潜在成長率は現在1%に過ぎないと述べている。

ロシアの中小企業の今後の展望は暗くなりつつあるようだ。もっとも、現在は公開されている公式統計が非常に少なく、決算報告の義務付けも停止されているため、正確な評価方法はほとんどない。

モスクワの小規模な広告代理店の経営パートナーであるアナスタシア・キセレワさんは「現時点で、戦略立案を望む、あるいは長期・大口の契約を予定している企業はほとんどない」と語る。

「特に小規模な企業は、何か新しいものの開発・創造ではなく、ひたすら生き残ることに専念せざるを得ないだろう」

とはいえ、多くのロシア人にとっては、1991年のソ連崩壊以来、数次にわたる深刻な危機を生き抜いてきただけに、「サバイバル」モードは手慣れたものだ。

シベリアのバイカル湖畔でツアー会社を経営するエフゲニー・シェレメーテフ氏は「これから最悪の事態がやってくる」と語る。「でも、ロシア国民は困難には慣れている。私にも夏の別荘があり、ジャガイモやキュウリを栽培できる。1990年代以降、何も怖くなくなった」

(翻訳:エァクレーレン)

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