[チューリヒ 6日 ロイター] - スイスは、数世紀にわたる永世中立国としての伝統に別れを告げようとしている。世論も政界の雰囲気もウクライナ支援に傾く中で、政府に対し、スイス製武器の交戦地域向け輸出を禁じる措置をやめるよう圧力がかかっているためだ。
スイス製武器を購入した国が、スイス側の許可無しにそれらを再輸出することは法的に禁止されている。スイスの大規模な国防産業の幹部の中には、この禁輸政策が貿易に悪影響を与えているとの指摘がある。
ロシアがウクライナ侵攻で攻勢を強めるにつれ、欧州内の近隣諸国からはスイス製武器のウクライナ向け再輸出を認めるよう求める声が高まっている。スイス連邦議会内に2つある安全保障関連の委員会は、そうした声に応えて規制を緩和することを勧告している。
だが、議員の間でも賛否は分かれている。
「中立を保ちたい気持ちはあるが、私たちは西側世界の一員だ」と語るのは、中道右派の自由民主党(FDP)を率いるティエリー・ブルカルト氏。同氏は、スイスと民主主義的な価値観を共有する国に対する武器再輸出を政府が認めるよう動議を提出した。
1815年のウィーン会議で採択され、1907年のハーグ陸戦条約により確認された中立政策のもとで、スイスは交戦国に対し直接・間接に武器を提供しないものとされている。また、ウクライナとロシアに対しては個別に武器禁輸措置が実施されている。
理論上は、第三国がスイス政府に対し、保有するスイス製武器の再輸出を申請することは可能だが、ほぼ必ずと言っていいほど却下されている。
「他国のウクライナ支援に対して私たちが拒否権を行使すべきではない。そんなことをすれば、私たちはロシアを支援することになり、中立の立場とは言えなくなる」とブルカルト氏はロイターに語った。
「他の諸国はウクライナを支援したい、欧州の安全保障と安定のために貢献したいと考えている。スイスがなぜノーと言わなければならないのか、彼らには理解できない」
スイス有権者の間にも賛同は広がっている。世論調査会社ソトモが5日に発表した調査結果では、回答者の55%がウクライナへの武器再輸出を認めることに賛成している。
世論調査会社GFSベルンの共同ディレクター、ルーカス・ゴルダー氏はロイターに対し、「侵攻開始前に同じ質問をしていたら、賛成は恐らく25%に届かなかっただろう。かつては中立政策の変更に触れることはタブーだった」と語った。
<輸出収益への影響も>
スイス政府は、ドイツとデンマークが要請したスイス製装甲車と対空戦車用弾薬の再輸出許可を拒否したことで各国からの反発を受けているが、議会での議論に予断を持つことはないと表明した。
武器関連取引を巡る問題を担当するスイス経済省の広報官は、「(スイス政府は)既存の法的枠組みを順守しているが、(議会からの)提言があれば適切に対応していく」と述べている。
ブルカルト氏は、議会の他の政党から法改正について前向きなシグナルを得ていると語った。
左派の社会民主党は法改正を支持すると表明しており、自由緑の党も同様の姿勢だが、緑の党は反対を続けている。
一方、下院の最大勢力である右派のスイス国民党(SVP)は伝統的に中立政策を頑強に支持してきたが、今日では党内で見解が分かれているようだ。
「武力紛争に関与している国に武器の輸出を認めれば、われわれの国の平和と繁栄の基盤が破壊される」と語るのは、SVPのダビッド・ツーバービューラー議員。
だが、同じSVPでもベルナー・ザルツマン上院議員の意見は異なる。同議員は日刊紙「アールガウアー・ツァイトゥング」において、禁輸政策を続ければスイス国防産業に付随的な悪影響が出るのではないかと懸念を表明した。国防産業も法改正を支持している。
スイスの国防産業にはロッキード・マーチンやラインメタルなどの多国籍企業も含まれている。政府統計によれば、2021年には8億スイスフラン(約1140億円)相当の武器を他国に売却し、武器輸出国として世界第15位にランクされた。
スイスは永世中立の伝統とともに強力な国防産業を擁してきたが、業界団体であるスイスメムは、こうした二重性のバランスも、今や危うくなっているかもしれないと指摘する。
スイスメムでディレクターを務めるステファン・ブルップバッハー氏は、「会員企業の中でも、現行の武器輸出規制のために契約を失う、スイスへの投資を止めるといった例が見られる」と語る。
「現在の状況は、われわれの安全保障政策を弱体化させ、外交政策の信頼性を損ない、国内企業に打撃を与えている」とブルップバッハー氏。「変わるべき時が来ている」
(John Revill記者、翻訳:エァクレーレン)
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