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フォトログ:原発処理水を海洋放出へ、「風評」恐れる福島の漁師

[福島県新地町 10日 ロイター] - 朝焼けであかね色や紫に染まった寒空の下、漁師の小野春雄さん(71)は、釣り上げたヒラメやカニ、スズキを福島県新地町の小さな港に水揚げしていた。

3月10日、朝焼けで茜色や紫に染まった寒空の下、漁師の小野春雄さん(写真)は、釣り上げたヒラメやカニ、スズキを福島県新地町の小さな港に水揚げしていた。福島県新地町で1日撮影(2023年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

3代続く漁師の小野さんは、半世紀にわたり新地町から船を出してきた。同町は東日本大震災で未曽有の事故を起こした福島第1原子力発電所から北に約55キロの場所にある。

2011年3月11日、マグニチュード(M)9.0の地震が発生し、太平洋沿岸部を津波が襲った。小野さん自身は船で沖に出て津波を乗り切ったものの、自宅は跡形もなくなり、新地町は壊滅的な被害を受けた。

津波は沿岸の福島第1原発も襲い、水素爆発やメルトダウン(炉心溶融)を引き起こした。周辺一帯に広がった放射能の懸念から、漁業は1年以上停止された。

震災から10年以上が経ったが、新地町はまだ復興途上にある。漁業も同様だ。それなのに、新たな脅威によって、これまでの「前進」が帳消しになる恐れがあるという。

 津波で破壊される前に暮らしていた集落の跡に作られた公園に立つ小野さん。福島県新地町で2日撮影

福島第1原発を運営する東京電力は近く、100万トン以上の処理水の海洋放出を始める準備を進めている。

12年が経ち、魚の価格も上昇してきて、小野さんは漁業が再び活況を取り戻すことを願っていた。そこへ、東電による処理水放出の方針が決まった。「また一からだ。また元に戻る。われわれには、体力はないでしょう」と、小野さんはこぼした。

この水は事故後、主に原子炉の内部を冷やすために使われたものだ。五輪大会用のプール500杯分ほどの量が、現在も発電所内の大きなタンクに保管されている。

政府は、廃炉作業を進め、福島の復興を後押しするためにこうしたタンクを撤去する必要があるとしている。

冷却に使われて放射能で汚染された水は、浄化されたあとに海水で希釈されており、東京電力や政府は安全だとしている。ただ、微量のトリチウムは含有されたままだ。

水素の放射性同位体であるトリチウムは、比較的無害な物質とされている。だが、これまで水産物の安全性を巡る風評被害の払拭に努めてきた地元漁師らは、処理水放出によって漁業が立ち行かなくなってしまうことを恐れている。

「福島県民は何も悪いことをしてない。なぜ海を汚さなくてはいけないのか。海は人間のものだけじゃない。ゴミ箱でもない」と、小野さんは憤る。

一部で懸念は緩和されつつあるものの、周辺国からも放出を不安視する声が絶えない。

 廃止された福島第1原発内にある、原発からの排水が保管されているタンク。福島県大熊町内で8日撮影

<なぜ東京ではないのか>

福島県には、連綿と続く漁業の伝統があった。過去にはこの地域で水揚げされたヒラメが献上されていた時代もあるほどだ。

だが、そのほとんど全てを津波が消し去ってしまった。

小野さんも多くのものを失った。家族はほとんど助かったが、弟が津波で命を落とした。

小野さんの新居は、震災後に整備された直線の道路沿いに新築住宅が立ち並ぶ内陸の高台に建っている。

 夜間の漁から戻り、絡まった網をほどく小野さん。福島県新地町の釣師浜漁港で1日撮影

自宅の明るい居間には、ピンク色のゼラニウムの鉢植えと、2021年に行われた東京五輪の聖火リレーに参加する小野さんの写真が飾られている。

かつて住んでいた地区は現在、公園になっている。

「津波で家を失って、財産失って、弟を失って。次は原発事故だ。二重、三重の苦しみだ」と小野さんは嘆く。

「なんでまだいじめるのか。(処理水放出が)なんで福島の海なんだ。大阪湾だっていいでしょう。東京湾だっていいでしょう」

 自宅でロイターのインタビューに応じ、今後予定されている福島第1原発からの処理水放出について語る小野さん。福島県新地町で1日撮影

福島大環境放射能研究所の和田敏裕准教授などの専門家は、処理水放出のタイミングは不運だと指摘する。

「慎重に漁業を拡大してきて、ようやくもっと漁獲量を増やすというフェーズで、トリチウムを含むALPS(多核種除去設備)処理水を排出するということになっている。タイミングとしては、漁業者としては風評(被害)などを懸念している」

東京電力や政府は、原発の処理水を海に放出している他の国よりも厳しい放射線物質の安全基準を適用しているとしている。処理水の放出については、国際原子力機関(IAEA)もレビューを行った。

東京電力広報担当の黛知彦氏は、原発を取材に訪れたロイター記者に対し、「安全にALPS処理水の希釈をする設備を設置し、その後運用していく」と漁業関係者に伝えたいと述べた。

また、東京電力は処理水が安全であることを示そうと、原発内の水槽でヒラメを飼育中だ。この試験の様子は、米動画共有サイト「ユーチューブ」上の同社のチャンネルでライブ配信されている。

屋外では、金属製のタンクに何杯分もたまっている処理水を海へと放出できるよう、パイプの延長工事が進められている。

小野さんは、後の世代の漁業者の将来を心配している。

「俺はいいよ。死ぬまで海の仕事する。でも(孫の世代に)勧めることはできないですね。先が見えないから。どうなるか分からないしね」と、不安を訴えた。

(Elaine Lies記者、Chris Gallagher記者、写真:Kim Kyung-Hoon記者)

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