[ムンバイ 18日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 米国によるクリーンエネルギーへの移行加速の取り組みは、他の温室効果ガス排出大国の脱炭素化努力を阻害する公算が大きい。
バイデン米大統領は16日、太陽光や風力、水素といった再生可能エネルギー普及促進のために企業にインセンティブを供与することなどを盛り込んだ歳出・歳入法案に署名し、同法が成立した。歳出規模の総額は4300億ドルに上る。
ただ、今後数年単位で見ると、これは投資や生産拡大の波及によって世界中で関連技術がより広く利用され、コストも下がるという効果をもたらす前に、低所得国が依存するサプライチェーン(供給網)における米国の支配力を強化してしまう危険をはらんでいる。
温室効果ガス排出大国の1つ、インドに目を向けてみよう。インドが掲げている2030年までに280ギガワットの太陽光発電を実現するという目標は信頼が置ける。なぜなら現在のエンド料金はキロワット時当たり約2.5ルピー(0.031ドル)と、国内の石炭火力発電の電力料金より安いからだ。
アダニ・グリーン・エナジーや米国上場のリニュー・エナジー、シンガポールの政府系ファンドの支援を受けたグリーンコといったインド企業は、これまでのところ外国のサプライヤーと市場の力を借りて、料金を押し下げてきた。
米歳出・歳入法に設けられた新たな税額控除制度は、太陽光パネルや風力タービンなどのメーカーが、より大きな収益への期待を背景に事業の重点を米国に向けるのを後押ししそうだ。
ボストン・コンサルティング・グループが6日時点で把握した歳出・歳入法案の内容に関する調査では、この税額控除のおかげで太陽光と風力の発電プロジェクトを共有する開発事業者と長期契約者、投資家の内部利益率は、少なくともほぼ2倍に跳ね上がる。
太陽光と風力の部品供給網は既にひっ迫し、取引契約は長期より短期となる傾向が強いので、サプライヤーもまた恩恵にあずかれると考えるのが妥当だ。
かつての米オバマ政権下でも、風力発電事業向け補助金が導入された後、同じように世界中の顧客への対応優先度を変える動きが見受けられた。
もしも、インド企業が最終的に米国の税額控除を加味した電力価格と勝負することを迫られれば、同国の太陽光電力エンド料金は約3.5ルピーに上昇しかねない。この水準になると、石炭火力の電力が再び競争力を持ってくるように思われる。
インドは国産の太陽光電池やパネル生産能力増強に向けて、主に中国からの輸入品に関税を課すとともに、国内製造業界に売上高に基づくインセンティブを5年間提供している。
しかし、このような努力も約10年間継続する米国のより大規模な今回の政策と比べれば、ほぼゼロに等しい。さらにクリーンエネルギーに関する専門技術は総じて中国、米国、欧州に存在し、これらの知識を他の地域に移転しようとする動きは乏しい。
一方、先進諸国は途上国の気候変動対策支援に年間1000億ドルを拠出するという約束をずっと果たしていない。
ある技術を用いた製品の生産を拡大すれば通常は、長期的には誰にとってもコストが下がり、効率性などの他の尺度に基づいても状況は改善する。
太陽光電池や風力タービンといった製品にも、こうした論理は今まで当てはまったし、今後もそうだろう。商業生産に対する政府補助金導入もこの過程をスピードアップさせる方法の1つになる。
だが、短期的な視点に立つと、米国が気候変動対策で「新たな勝利」を収めることは温室効果ガス排出量の実質ゼロ化に向けた他国の競争力強化を妨げる恐れが出てくる。途上国が排出量削減目標を達成できないとしても、米政府としても彼らを非難するのは難しくなる。
●背景となるニュース
*バイデン米大統領は16日、気候変動対策に関連するインフラ整備への助成や再生可能エネルギー普及促進のための税制優遇措置などを盛り込んだ歳出・歳入法案に署名し、同法が成立した。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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