[ロンドン 20日 ロイター] - ウクライナ侵攻開始から1年、ロシア軍は3度の屈辱的な撤退を経験し、米国当局の発表によれば20万人近くの兵士が死傷したとされる。だが、ロシア軍を統率する立場にあるショイグ国防相(67)は失脚していない。プーチン大統領が職にとどめている。
欧米当局やロシア政治を長年見てきた専門家、元欧米軍司令官によれば、プーチン氏がショイグ国防相を重用するのにはいくつかの理由があるという。ショイグ氏が「極端なほど従順」なことや、プーチン氏の大統領就任を助けてきたこと、ウクライナの軍事作戦に関してはショイグ氏一人の判断ではなかったことなどが挙げられる。
「プーチン氏の側近の中で重視されるのは、常に能力よりも忠誠心だ」と、カーネギー国際平和財団のプーチン氏の専門家、アンドリュー・ワイス氏は分析する。ワイス氏は米国家安全保障会議(NSC)の戦略策定に携わってきたほか、プーチン氏に関する書籍も執筆している。
ワイス氏によれば、プーチン氏は過去に、人を解雇する決断は難しいもので、個人的な問題として考えることが多いと公の場で認めたことがあるという。
「ショイグ氏を含め、複数の高官は求められているほどの職務を果たしていない。あまり知られていないプーチン氏の『情にもろい』性格によって得している部分がある」
ロシア軍はウクライナ東部バフムトやウグレダルを支配しようと、現在も猛攻を続けている。ショイグ氏やロシア国防省の実績について、同省にコメントを求めたものの、返答は得られなかった。
無骨な強硬派のショイグ氏は、建築技師として経験を積んだのち、1991年の旧ソ連崩壊後にエリツィン政権で非常事態相に就任。以降、ロシア政府の要職に就き続けている。
2012年に国防相に就任してからは、プーチン氏の側近の一人として、ショイグ氏の故郷シベリア地方で狩猟や釣りをして共に休暇を過ごす姿も見られている。
政治分析会社R・ポリティクの創業者でロシア政治に詳しい専門家タチアナ・スタノバヤ氏は、プーチン氏は欠点があったとしても深く知っている人物と一緒に働く方を好んでいると指摘する。
「プーチン氏にとって、そのほうが心理的な負担が少ないのだ」
スタノバヤ氏が注目するのは、1999年にプーチン氏が大統領に就任するにあたり、推薦した政党幹部の一人がショイグ氏だったということだ。
「それ以来、プーチン氏はショイグ氏に対し、何かしらの恩義を感じている。これまでショイグ氏は大失態を犯していないこともあり、ロシア政界の中で安定したポジションが約束されている」とスタノバヤ氏はオンラインサイト「リドル」で指摘した。
メディアへの発言を禁止されているとして匿名を条件に取材に応じたロシアの政権関係者は、古くからロシアに伝わることわざを引用し、ショイグ氏がすぐにでも交代を命じられる可能性は少ない理由を説明した。
「走っている途中で馬をかえることはない」──。
つまり、不安定期には継続性が大切だということを意味する。ロシア軍は失敗から学び、成功に結び付けていると、この関係者は話す。
北大西洋条約機構(NATO)の上級外交官や、欧州連合(EU)の上級当局者は、ウクライナ侵攻を巡る意思決定は、どちらにしてもショイグ氏よりも、プーチン氏と軍の将官らが中心に行っているとみている。
スタノバヤ氏は、ショイグ氏が国防省全体の管理や防衛産業との関係維持に注力しており、ウクライナ侵攻に関連する責任は連帯して負うものだと言う。
「(ウクライナ侵攻について)プーチン氏自身は、複数の軍高官と協議して進めている。1人や2人ではない。内容は、時には細かい戦況の話にまで及ぶ」
ゲラシモフ軍参謀総長は先月、ウクライナでの軍事作戦を現場指揮する最高司令官に任命された。ロシアメディアの間で「アルマゲドン将軍」とも呼ばれるセルゲイ・スロビキン氏はゲラシモフ氏に次ぐ副司令官に降格された。
ゲラシモフ氏とスロビキン氏の両者はショイグ氏とは異なり、生え抜きの軍人だ。ロシア大統領府顧問を務めたこともあるセルゲイ・マルコフ氏によると、スロビキン氏は降格されたものの、引き続き侵攻作戦に深く関わっている。
<「敗北の連続」>
ロシア政府はウクライナにおける「特別軍事作戦」の目標を達成できるとしており、欧米が発表している犠牲者の数は誇張されているとして否定した。ロシア軍はウクライナの約5分の1の領土を支配下に置いており、同軍がさらに攻勢を強める可能性についてウクライナ側からは懸念の声も上がる。
しかし、首都キーウ攻防からの撤退や北東部での敗走、南部ヘルソンでの降伏など、ロシア軍にとっては不都合なことばかりが注目を集めている。
ロシアの民間軍事会社「ワグネル」創設者のエフゲニー・プリゴジン氏は、ウクライナ東部で複数の作戦の先頭に立ったワグネルの人材の方が正規軍よりはるかに効果的だとして、ショイグ国防相を猛烈に批判する1人だ。
プリゴジン氏はロシア大統領府に国防相に対するあからさまな批判をやめるよう命じられた模様で、ここ数週間は個人攻撃を避けているものの、以前には軍幹部を「ろくでなし」と呼び、「自動小銃を持たせ、はだしで前線に送り込むべきだ」などと述べていた。
ウクライナ東部の親ロシア派元幹部イーゴリ・ギルキン氏も、ショイグ氏の能力を再三、疑問視している。ギルキン氏は2014年、ロシア政府を後ろ盾に分離派勢力が起こしたクリミア危機に関わった人物で、現在は米国の制裁対象となっている。ギルキン氏は今月、自身のブログで以下のように記した。
「この怠け者が『戦争のために軍を準備してきた』やり方を巡って、いつになったら軍法会議にかけられるのか知りたい」
米欧州陸軍の元司令官ベン・ホッジス氏はロイターに対し、ショイグ氏とゲラシモフ氏が指揮する陸軍には「与えられたタスクをこなす能力がない。ロシア軍の貧弱なパフォーマンスは否定できない」として、両者とも更迭されると考えてきたと話す。
ホッジス氏や、英国参謀総長補佐を務めた元少将のルパート・ジョーンズ氏は、ロシア陸軍の初期計画、戦略や戦術、後方支援、装備の弱さについて指摘したほか、動員の失敗や汚職問題についても言及した。
ジョーンズ氏は、こうした状況でも防衛大臣が職務を続けることは西側では「想像もできない」という。
「自身の失敗や、犠牲を望むメディアや世論の高まりによっては、ショイグ氏は更迭されたり、辞任に追い込まれたりする可能性もあった」
ロンドンを拠点としたシンクタンク、英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のシニアリサーチフェローであるジャック・ワトリング氏はショイグ氏について、ウクライナ侵攻以前は、軍事力の「大幅な増強」を実現したり、複雑な作戦を成功に導いていたこともあると評価する。
「つまり、ただ威勢が良かっただけではない」
ただ、ワトリング氏はショイグ氏が軍の強さを誇張宣伝し過ぎたとも話す。
「問題はプーチン氏とゲラシモフ氏もこうした神話を信じているようで、自分たちの能力をはるかに過大評価しているということだ」
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