[サンフランシスコ 15日 ロイター] - 次世代の技術系社員の採用を目指す企業数十社が9月、米カリフォルニア大学バークレー校で開かれた電気工学とコンピューター科学分野の学生向け就職フェアに集まった。
ボリス・ユエさん(20)は、参加した数千人の学生の1人で、学生の間を縫って歩いてはリクルーターと会話していた。
だがユエさんは、就職競争をそれほど心配していない。コンピューター技術を持つ学生の採用見通しは全般的に明るいが、ユエさんはその中でも希少性の高い分野を専門にしている。人間の思考に似たやり方で学習し、思考することを機械に教えこむ人工知能(AI)の分野を専攻しているのだ。
ユエさんが、職探しに困ることはほぼないだろう。「機械学習の分野で、求人が足りないということはない」と、彼は言った。
そして、彼は正しい。
AIは今や、さまざまな分野の製品に導入されている。自動運転車や、雑草を見分けて除去するロボット、危険な皮膚がんと無害なほくろを区別できるコンピューター、そして、スマートロックやサーモスタット、スピーカーなどによって、この技術は家庭にも持ち込まれつつある。ジョージア技術大では、学生がAIのデジタル教師とやり取りしながら、機械学習についてのオンライン講座を受講している。
AIの導入拡大に伴い、高いスキルを持ったこの分野の技術者が不足する事態が起きている。学生の需要に応え、全米の学校がAIの授業やコースを追加したり学生数を増やしたりしているが、この分野で経験や訓練を積んだ学生が就職市場では圧倒的に不足している。
そしてそれは、大きな結果を伴うことになる。
AI技術を持つ求職者が絶対的に足りないため、採用が遅れ、一部企業では成長が阻害されていると、リクルーターや雇用主側は指摘している。また、生産性を向上させ、米経済の成長を加速させる可能性があるとされるこの分野の技術導入が遅れる可能性もある。米経済の成長率は現在、金融危機前の半分程度にとどまっている。
カリフォルニア大バークレー校の就職フェアでインターンや新卒者の採用活動をしていた、半導体メーカーのマーベル・テクノロジー・グループMRVL.Oのアンドリュー・シン氏は、AI関連のポストで採用に苦戦していると話す。
「ここ何年か、十分に採用できていない。そのことで、実際にいろいろなことで遅れが生じている」と、マーベルでチップのデザインマネジャーを務めるシン氏は言う。
<AIがもたらす未来>
AIが、かつての電気や蒸気機関のように、経済の軌道を根本から変えてしまう可能性があると考えるエコノミストは多い。
「実際のところ、AIは未来だと思っている。経済全体に浸透し、われわれの生活をすべて変えてしまうだろう」と、セントルイス地区連銀のブラード総裁はロイターとのインタビューで語った。
だが変化の速度は、才能ある技術者の供給にも左右される。
経験を積んだ技術者の不足は、「新技術の拡散や、それに伴う生産性の改善を確実に遅らせる」 と、シカゴ大ブース・スクール・オブ・ビジネスのチャド・サイバーソン教授は指摘する。
米政府は、AI分野に特化した求人や採用数は追跡していない。だが、インディードやジップリクルーター、グラスドアなどの求人サイトによるオンライン求人数の調査によると、AI関連の求人は急増している。インディード上でAI関連の求人が全体に占める割合は、この2年でほぼ倍になった。他方、AI関連の求人検索件数は15%しか増えていない。
大学側も対応を急いでいる。
カリフォルニア大バークレー校では、10年前は300人だった電気工学とコンピューター科学の博士課程への志願者が、昨年は2700人に増え、その半数以上がAIに関心を寄せていると、同校のピーター・アビール教授は言う。同校では2017年秋、入門レベルのクラスを3倍の30クラスに増やした。
イリノイ大のマーク・ハセガワジョンソン教授は昨年、AI入門クラスの定数を3倍の300人に増やした。増加分の200席は、24時間で埋まったという。
カーネギーメロン大では今秋から、全米初のAI学士号の授与を始めた。「需要はあると確信している」と、同大のリード・シモンズ氏は言い、「学生の需要に応えたい」と付け加えた。
それでも、この分野における人材の需要と供給のミスマッチが解消するのは5年ほど後になると、グラスドアのチーフエコノミスト、アンドリュー・チェンバレン氏は予測する。同社では、企業サイトに掲載された求人情報を集めるアルゴリズムを使用しており、それによると、この11カ月でAI関連の求人数は倍増しているという。
「この分野に入ってくる人材の供給は、需要にまったく届いていない」と、同氏は指摘する。
<売り手市場>
需要は、賃金を押し上げている。企業サイトに掲載されたAI関連求人の平均賃金は、2017年10月から2018年9月にかけて11%上昇し、年12万3069ドル(約1380万円)とグラスドアは試算する。
ニューヨークに拠点を置く10Xマネジメントは、企業の特定プロジェクトに必要な技術者を派遣している。同社のマイケル・ソロモン氏によると、トップのAI技術者は現在1時間あたり最大1000ドルの報酬を得ており、わずか5年前の3倍の水準になっているという。同社では、ブロックチェーン専門家と並び、AI技術者が最も高報酬の職種となっている。
カーネギーメロン大で材料科学技術を教えるリズ・ホルム教授は5月、需要の急増を実感した。機械学習を研究に使っていた博士課程の学生の1人が卒業する際、採用のオファーが殺到したのだ。そのすべてがAI関連で、材料科学技術とは無関係だった。
この学生は最終的に米日用品大手プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に就職し、AIを使って世界の店頭でどのように商品を配置すべきかを研究しているという。「企業はいま、本当にこの分野の人材を欲しがっている」と、同教授は言う。
米電動工具メーカーのスタンレー・ブラック・アンド・デッカー初の最高技術責任者(CTO)として昨年就任したAI専門家のマーク・メイベリー氏も同意見だ。同社では、工具のデザインや生産にAIを組み入れているというが、メイベリー氏は詳細は明らかにしなかった。
「必要な才能を採用できているかといえば、イエスだ」とメイベリー氏は言い、「高くつくかといえば、それもイエスだ」と話した。
需給の逼迫(ひっぱく)は、AI技術を持つ求職中の学生には有利になる。給与が引き上げられて選択肢が増えるだけでなく、卒業のはるか前に採用オファーを得られることも多い。
カーネギーメロン大でAIと認知科学を学んだデレク・ブラウンさんは昨秋、学部4年生に進級した直後に、顧客管理ソフト大手セールスフォース・ドットコムからフルタイムの仕事のオファーを得た。ブラウンさんはそれを断り、今年7月からフェイスブックに勤務している。
(翻訳:山口香子、編集:伊藤典子)
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