[3日 ロイター] - トランプ前米大統領を支持する活動家らが、各地の当局に大量の情報開示請求を送りつけている。狙いは「選挙が盗まれた」というトランプ氏による根拠なき主張の証拠を探し、投票機や有権者に関する情報を収集することだが、米国の選挙制度を揺るがす混乱は深まるばかりだ。
選挙のたびに激戦となるアリゾナ州マリコパ郡の記録管理当局は、今年になって498件の公的記録開示請求を処理した。2021年通年よりも130件も多い。ネバダ州ワショー郡の処理件数は88件。これも昨年の合計を3分の2上回っている。ノースカロライナ州選挙管理委員会への請求件数も、すでに昨年の合計229件に近づいている。
ロイターが取材した10数人の選挙当局者によれば、こうした情報開示請求の激増により、一部の自治体では職員の業務に支障が生じており、そのせいで、根拠のない「不正投票」論が勢いを増し、不注意による情報漏えいが起きて投票システムのハッキングに悪用されるのではないかという懸念も高まっているという。
共和・民主双方の選挙当局者は、こうした情報開示請求の一部は、政府の透明性を確保する目的で制定された情報公開法を濫用していると考えられる、と話している。米国サイバーセキュリティー・社会基盤安全保障庁(CISA)で、選挙に関するセキュリティーの責任者を務めるキム・ワイマン氏は、全米8800カ所の選管事務所の多くでは、2020年の選挙以来、情報開示請求が「膨大で威圧的な」ものになっていると語る。昨年、ワイマン氏がワシントン州における選挙の最高責任者である州務長官の職を退いた時点で、州務長官室は処理待ちの情報開示請求を2年分も抱えていたという。
共和党員であるワイマン氏は、「『選挙が盗まれた』と信じるグループは、まだ各州に残っている」と語った。
4月、アリゾナ州マリコパ郡で情報開示請求への対応を担当する職員アイリーン・ヘイバー氏は、9人の部下のうち4人を動員し、2万件の書類を保管用ボックスから取り出し、並べ替えてスキャンし、元の場所に注意深く戻した。4日がかりの作業だった。
職員らはヘイスタック・インベスティゲーションズが提出した数件の開示請求のうち、たった1件に忙殺されていた。同社は、この選挙で投票された210万票全てについての追跡記録を請求していた。ウェブサイトによれば、同社は企業や法律事務所、個人のためにさまざまな調査を行っているという。同社はアリゾナ州の監査にも従事した。これはトランプ支持派による、同郡でのトランプ氏敗北を検証するものだったが、不正投票を発見することなく昨年終結した。
膨大な労力が必要となるヘイスタックによる請求が示すように、激務に追われる全国各地の選管事務所が直面する課題は膨らみ続けている。州都フェニックスを含むマリコパ郡の記録管理当局で通信・選挙事務部門のディレクターを務めるヘイバー氏は、今年受理した件数の約4分の1は、ヘイスタックが提出した類の広範な開示請求だという。
「請求は、これまで以上に大規模かつ詳細で、より手間がかかるものに、そしてさらに過去に遡るものになりつつある」とヘイバー氏は言う。
ペンシルベニア州に本拠を置くヘイスタックを率いるヘザー・ハニー氏は、こうした請求は同社がアリゾナ州で行っている監査業務とは関係なく、同氏自身の研究のためだと語った。「どれも有意義で、特別な専門的研究活動に資するものだ」とハニー氏は言う。同氏はペンシルベニア州でも同じような選挙関連の情報開示請求をしている。
各地の当局者はロイターの取材に対し、民主主義に不可欠な選管職員の採用や引き留めにただでさえ苦労しているというのに、選挙結果を否定する人々からの請求が急増しているせいで、職員は余計な仕事に追われていると語った。これまでにも職員はトランプ派の活動家による殺害予告や嫌がらせの殺到に悩まされてきた。ロイターでは2020年の選挙以降、そうした敵意に満ちたメッセージを900件以上記録している。
ネバダ州ワショー郡で一時的に有権者登録を担当しているジェイミー・ロドリゲス氏は、「いわゆる燃え尽き症候群が心配だ」と語った。「それと共に、ミスが発生する可能性も生じる」
ロドリゲス氏が有権者登録業務を引き継いだのは今週だ。前任者は、殺害予告その他の嫌がらせの標的となり、辞職してしまった。
CISAで選挙関連セキュリティーのコンサルタントを務めるライアン・マシアス氏は、情報開示請求の殺到を、サイバー領域におけるDoS(サービス拒否)攻撃になぞらえた。DoS攻撃はインターネット上でトラフィックの集中によりネットワークを麻痺させようとするハッカーによるものだが、ただでさえ職員にストレスがのしかかっている状態だけに、潜在的なセキュリティーリスクを生み出していると同氏は言う。
マシアス氏は7月19日、ウィスコンシン州で行われた州選挙ディレクターの会合で「離職率の問題がある。コミュニティーから脅かされている人、殺害予告を受けている人、過労になっている人がいる」と語った。
<セキュリティー上のリスク>
米国の50州は、いずれも情報公開法を定めており、日常的にジャーナリストや活動家、学者、一般市民が活用し、政府の保有する記録にアクセスしている。こうした法律の目的は、国家指導者らの責任を追及するために必要な情報を国民が得られるように保障することだ。地方当局者たちはロイターに対し、こうした法律の重要性を信じており、選挙関連の情報請求による職員の負担を減らす効果的な方法を見つけようと努力している、と話した。
マリコパ郡のヘイバー氏は、予算増額を求めるよりも、請求に対応しやすくするためチーム全体を訓練していると語る。ワショー郡のロドリゲス氏によれば、同郡では職員が投票管理に集中できるよう、選挙前のある時点で文書の作成を一時的に停止しているという。連邦選挙支援委員会のドナルド・パーマー委員は7月8日、バトンルージュで開催された州務長官会議で、殺到する情報開示請求に地方当局者が効率的に対応できるよう支援する必要があると述べ、例として、別々の請求者からの内容が重複する開示請求に同時に対応できるような「閲覧室」サイトの創設といった方法を挙げた。
ロドリゲス氏によれば、現在9人の部下の大半は、職員の辞職が相次いだ後、2021年か2022年にこの部署に加わったという。ロドリゲス氏は11月の選挙に向けて部下たちの英気を養うため、残業を制限するように試みているという。
だが、情報開示請求は収まる気配がない。ある請求は、2022年の予備選挙期間中の郡選管職員について、電話番号、住所、所属政党を含むさまざまな情報を要求した。別の請求は、ロバート・ビードルズ氏が6月下旬に提出したものだ。同氏は2019年にカリフォルニア州からワショー郡リノに転居してきたビジネスマンで、現在「不正選挙」論を唱える運動の先頭に立ち、そうした主張を支持しない政治家を標的としている。ビードルズ氏は38種類ものデータ群を請求している。
ビードルズ氏は自身のウェブサイト(operationsunlight.com)の訪問者に対して、2020年11月の選挙の有権者を投票方法ごとに分けたリスト、各候補者への投票数の合計を開示するよう自分の郡の職員に請求するよう呼びかけている。開示結果が得られたら、不正選挙を唱える代表的な陰謀論者であるシバ・アヤドゥライ氏にメールしてほしい、と言う。
ビードルズ氏とアヤドゥライ氏にコメントを求めるメールを送ったが、いずれも回答は得られなかった。
疲弊した州政府職員が広範な情報開示請求への対応に苦悩する中で、選挙当局者の間では、ミスの発生と選挙のセキュリティーを損なう情報えいを懸念する声が上がっている。
投票装置の製造元であるハート・インターシビックで政府調達担当ディレクターを務めるサミュエル・ダーハイマー氏は、同社に対する選挙当局者からの支援要請が急増していると語る。特定の記録の開示がどの時点で選挙の完全性を損なうことになるか、判断を助けてほしい、というものだ。ダーハイマー氏によれば、情報開示請求が投票装置の運用マニュアルを対象としている例があり、マニュアルには一般に開示すべきではないセキュリティー・プロトコルが含まれているという。
ノースカロライナ州選挙管理委員会のエグゼクティブ・ディレクター、カレン・ブリンストン・ベル氏は、課題の1つは、一見して別々に動いている個人や団体が、投票装置や投票プロセスに関する機密情報の断片を繋ぎ合わせるために、協働して解析しているかどうかという分析だという。
「そのような様子が見えたら、警戒しなければならない」とベル氏。「そうした点を考慮するために、かなり余計な時間を使わざるをえなくなっている」
(Nathan Layne記者、翻訳:エァクレーレン)
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