November 2, 2018 / 6:43 AM / 8 days ago

アングル:米国目指して北上中、中米の移民キャラバンと歩く

[ピヒヒアパン(メキシコ) 29日 ロイター] - 午前4時を少し過ぎたころ、流れ星が光る空の下で、中米からやって来た移民たちは荷物を肩に担ぎ、がたがたの歩道を歩き始めた。最初は数人ずつ、だがすぐに奔流のような人の流れとなって、次のメキシコの町を目指して進む。

10月29日、午前4時を少し過ぎたころ、流れ星が光る空の下で、中米からやって来た移民たちは荷物を肩に担ぎ、がたがたの歩道を歩き始めた。25日、メキシコのマパステペクからピヒヒアパンに向かう途中、道で休むグレンダ・エスコバルさんと息子のアドナイ君(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

彼らは、真っすぐにためらいなく歩いた。話す人はほとんどいない。彼らのコンパスは北の方角、米国を指している。

その日の彼らの目的地は、約48キロ離れたピヒヒアパンの町。中米から米国入りを目指して北上している数千人規模の移民集団(キャラバン)の、次の中継地だ。トランプ米大統領は、こうしたキャラバンの動きに激怒し、メキシコ国境を閉鎖して中米への経済支援を打ち切ると警告している。

ピヒヒアパンを目指して歩くエスコバルさん親子(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

ホンジュラスから来たアドナイ君(5)とデンゼル君(8)の兄弟は、まだ眠い様子で、マパステペクの町からピヒヒアパンに向けて出発した。母親のグレンダ・エスコバルさん(33)は、アドナイ君の手をしっかりと握っている。友人のマリアさんは、デンゼル君のTシャツをつかんでいた。

明かりを持っている人は誰もいない。道は穴ぼこだらけで、油断できない。ほんの数メートル先を見るのにも、反対側の車線を走ってくるトラックのヘッドライトだけが頼りだ。

数分歩くと、若い男性がひざを抱えて道端に横たわっていた。岩に足首をぶつけて、痛くて立てないのだという。

エスコバルさんと息子たちは、ずっと先まで続く人の流れに遅れないよう、そのまま通り過ぎた。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

エスコバルさんの最終目的地は、ロサンゼルスだ。知り合いは1人もいないが、「夢の中で神様が、そこに向かいなさいとおっしゃった」のだと言う。

2016年の米大統領選で不法移民の取り締まりを公約に掲げて勝利したドナルド・トランプ氏は、11月6日の中間選挙を前にこのキャラバンを選挙戦の格好の材料として取り上げ、共和党への支持をあおっている。

とはいえ、キャラバンに参加しているのは、暴力や貧困を逃れて中米から米国に向かう年間数十万人の移民のほんの一部でしかない。

キャラバンの参加者数の推計は、3500人程度から7000人超までと幅がある。道程の厳しさから途中で諦めたり、メキシコで新生活を築くことに決めたりして、すでにキャラバンから去った人もいる。一方で、メキシコ南部で新たに加わった人も多い。

路上で休むエスコバルさんとデンゼル君(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

<1日50キロ>

エスコバルさんが、自分のすねをもんでいる。細身で動きが機敏なエスコバルさんは、治安の悪さで知られる故郷の町サンペドロスーラにいた時は、日常的に運動していたという。もっと頑丈な体格の人でも、10月14日にキャラバンに加わって以来エスコバルさんが毎日歩いてきた、1日約50キロの道のりには苦戦したにちがいない。

ラッキーな日には、太陽が昇って猛暑が襲う前に、通りがかった車やバンがエスコバルさんや息子たちを乗せてくれることもある。

主に若い男たちが何十人も速度を落としたトラックの荷台に飛び乗るのを、エスコバルさんの息子たちは目を大きく見開いて見ていた。幼い子ども2人を連れた母親には、無理な行動だ。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

エスコバルさん一家は、約12時間前にマパステペクの住民たちが提供してくれた米と豆と卵の夕食を食べて以降、食べ物や水は一切口にしていなかった。

その日の夜は、たくさんの親子連れと一緒に、学校の床の1平方メートルほどのスペースにぎゅうぎゅう詰めになって寝たが、朝食べるものは何もなかった。

それでも、歩道に寝て夜中の雨でびしょ濡れになった大勢の人に比べれば、屋根があっただけましだった。

立候補による交代制の委員会が、起床時間や移動時間、夜間滞在した場所の清掃時間などを決めている。そして、キャラバンは時計のように正確に動いていく。委員会のメンバーは、緑色のジャケットを着ている。

教会で遊ぶデンゼル君とアドナイ君(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

グアテマラからメキシコ南部に至るまで、ほとんどの中継地や道中で一般市民や教会グループや地元団体が支援の手を差し伸べてくれた。

メキシコ入国後は、移民の権利団体「プエブロ・シン・フロンテラス(国境なき人々)」の支援を受けている。同団体は、4月にトランプ氏を怒らせたものも含め、メキシコ国内でこうしたキャラバンの誘導を何年も行ってきた。

当時のトランプ氏のキャラバンに対する怒りは、巨大な「宣伝効果」を生み、中米を脱出したがっている人たちに、キャラバンに参加するのが安全だという印象を植え付けた。エスコバルさんたちの後からも、別のキャラバンができて出発している。

アドナイ君を背負うデンゼル君(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

<旅に出た理由>

日の出から2時間後の午前9時、キャラバンの先頭集団がピヒヒアパンに到着した。

そのはるか手前では、エスコバル家の兄弟が歩いては立ち止まり、ジグザグに歩いて茂みに入ったかと思うと、また歩き出しては立ち止まっていた。

「もう何日もずっと歩き続けている。この辺で少し休もうか」

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

エスコバルさんが、飛び跳ねてふざけながら歩く兄弟に声をかけた。

兄弟たちは腰を下ろすと、すぐにレスリングごっこを始めた。マリアさんは腰を下ろすなり、リュックにもたれて眠ってしまい、兄弟が暴れても微動だにしない。エスコバルさんは、背中をぐっと伸ばして空を眺めながら、この旅に出た理由を話してくれた。

7人きょうだいの長子として生まれ、エスコバルさんは母親を助けるため、学校も刑事になる夢も諦めた。

人生が暗転したのは18歳の時だったという。仕事に向かう途中で、知り合いの男に拉致された。自力で逃げ出したが、元警察官で「バリオ18」というギャングのメンバーである男に性的暴行を受け、妊娠していた。バリオ18は、「MS13」と並び、エルサルバドルやホンジュラスの大半を勢力下に収める凶暴なギャングとして知られている。

エスコバルさんとデンゼル君(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

男は姿を消した。殺されたと言われているが、遺体は見つかっていないという。

エスコバルさんは、生まれてきた女児を育てながら、別の男性の息子を産んだ。この男性は、迎えをやると約束して米国に渡ったが、1年たたないうちに別の女性と結婚したと聞かされた。

そしてエスコバルさんは、バイクタクシーのドライバーと恋に落ち、デンゼル君とアドナイ君が生まれた。だがこの男性は、物を投げつけたり、彼女や息子たちを虐待したりするようになり、ついには彼女が料理人や針仕事をして貯めた金で家賃を払っていた自宅から、彼女を追い出した。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

近所の人からキャラバンのことを聞かされたエスコバルさんは、素早く荷造りした。ビニールのシート。子どもたちの衣服と、せっけん。上の子ども2人は後で迎えに来ることにして、家族の元に残した。

支援団体は、キャラバンがいつごろどの地点で米国国境に達する見通しか明言していない。多くの人がメキシコにとどまることを選び、集団がばらける可能性が高いとしている。

エスコバルさん一家が、力を奮い立たせて立ち上がった。

デンゼル君は、いくつか前の町で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のスタッフがキャラバンに配ったパンフレットが捨てられていたのを拾い、広げて見ていた。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

メキシコ政府は、キャラバンを解散させるために、メキシコ南部で亡命申請を出せば、臨時雇用と身分証を提供すると提案しているが、ほとんどの移民がその提案を蹴った。

「だめよ。米国の方がいい。すべての面で」と、エスコバルさんが息子に言い聞かせた。

<警察がヒッチハイクを手助け>

6時間が経過し、エスコバルさんはヒッチハイクをすることにした。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

少し先の地点では、メキシコ警察の警察官が、道行く自動車を止めては女性や子どもを乗せていた。

この警察官は、キャラバンを止める指示は受けておらず、援助する義務があると感じたと話した。この日は、母親と子どもたちのために10台ほどの自動車を止めたと言う。

だが、エスコバルさんは自分で車を見つけた。

ミニバンの座席に落ち着いた一家は、感謝の気持ちでいっぱいだった。

ピヒヒアパンの中央広場は、何百人もの移民で祭りと難民キャンプを一緒にしたような騒ぎになっていた。エスコバルさん一家は、子どもがいる人専用の倉庫のようなシェルターに向かった。

医療スタッフが、足から血を流した女性の傷口にヨードチンキを塗っていた。人々は洗面所に殺到し、水浴びをしに川に走った人たちもいた。

午後には、シェルターは人いきれでむせ返るほどになった。エスコバルさんは外に出て、木の下にビニールシートを敷いた。あと2つ町を越えれば、「ラ・ベスティア(野獣)」と呼ばれる北行きの貨物列車に乗れるのだ。

周りでは、疲れきった大人たちが眠りこけている。

だがアドナイ君は、3本目の水のボトルを取りに駆け出した。デンゼル君は、木に登っている。

「この子たちは、大人と同じぐらい強い」と、エスコバルさん。翌日の出発は午前3時。子どもたちは、また元気に動きだしてくれるだろう。

(2018年 ロイター/Ueslei Marcelino)

(翻訳:山口香子、編集:伊藤典子)

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