[東京 25日] - 米国が金融政策の正常化に向かい、中国が景気減速感を強める中、2016年の成長エンジン不在が懸念されるが、武者リサーチの武者陵司代表は、米国主導の世界経済回復シナリオは健在だと指摘する。ドル円は130円手前、日経平均株価は年前半に2万2000円から2万5000円に届くと見る。
同氏の見解は以下の通り。
<米景気拡大継続を示唆する5つの好材料>
2016年の世界経済は、ナンバーワンのポジティブ(米国経済)と、ナンバーツーのネガティブ(中国経済)のバランスによってどうなるかが決まる。私の予想では、ポジティブがネガティブに勝り、世界経済全体としては着実な成長を実現し、世界的な株高も継続、リスクテイクが引き続き報われる年になる。
巷(ちまた)では米連邦準備理事会(FRB)の利上げに伴う米国景気の失速が懸念されているが、そのような心配は無用だ。米景気拡大に期待を持てる理由は5つある。まず原油価格下落だ。米国の化石燃料の年間輸入額は対国内総生産(GDP)比で約2%。シェールガス・オイルなど自前のエネルギー生産が多いとはいえ、経済にはプラスに働く。
ちなみに、原油価格動向が実体経済に影響を与えるまでには、ざっと18カ月のタイムラグがあるといわれる。マイナスの影響はすでに見えたが、プラスの影響はまだ見えてない。16年はプラス面が顕現化してくるだろう。
第2は、消費の堅調さだ。失業率も5%まで低下し、賃金上昇にもようやく弾みがつき始めている。家計消費は年率3%のペースで増加している。また、消費の中身はモノよりサービスであり、労働市場でもサービス主体の雇用創造が起きている。これは、米景気回復のドル高耐性が強いことを意味する。
第3に、米国の住宅市場にかなり大きな期待を持てることだ。これまで住宅建設が著しく抑制されていた影響で、住宅需給が好転している。持ち家比率が大きく下がった反動で、今後はいよいよ借金をして住宅を取得するという動きが本格化してくるだろう。
第4に、これまで景気の重石となっていた財政部門が景気を押し上げる役回りに代わることだ。リーマンショック後、GDP比で10%超まで高まった財政赤字(基礎的財政収支赤字)が今では2%前後まで低下している。もはや財政削減は不要であり、むしろ財政支出による需要拡大、例えばインフラ整備が政策課題として浮上してくるだろう。
実際、地方での財政支出は増加し始めている。減り続けていた公的部門の雇用も増加傾向にある。財政の景気に対する寄与が大幅なマイナスからプラスへ大きく転換するのは明らかだ。次期米大統領選の民主党有力候補であるヒラリー・クリントン氏も、老朽化したインフラの整備を選挙アジェンダとして取り上げている。
第5に、信用循環だ。米景気は、ひとえに信用の拡大・収縮の循環である。過去50年を振り返れば、おおむね10年サイクルだ。そして1970年代以降、信用のボトムは必ず「1」の年に訪れている。71年、81年、91年、2001年、11年だ。つまり、信用循環から見ても、今回の景気はまだ若い。
家計、企業部門はむしろこれから債務を増やしてリスクをとる場面に入る。これまでは借金を返したり、バランスシートを整理したり、信用による需要創造の面では後ろ向きの時代だったが、今後は前向きになって勢いを増す局面だ。
こうなると、懸念されるのがFRBの利上げペースだが、インフレもまだ緩やかなので、16年半ば頃までは様子見になるのではないか。利上げは16年末にかけて、あるとしても、あと2回だろう。よって、実質金利が上昇し、景気を冷え込ませるような事態にはまだ至らないと思う。
<ドル円は130円、日本株は2万5000円まで上昇余地>
では、こうした前提に立つと、16年の為替、株価はどうなるのか。私はまずドル円については、130円台手前までのドル高・円安はあると思う。最大の理由は米国経済の強さだが、加えて日銀のさらなる緩和も期待できるからだ。
日銀は12月18日、年間80兆円の国債購入を柱とする従来の金融緩和の継続を決める一方で、新たな指数連動型上場投資信託(ETF)買い入れ枠の設定や買い入れる長期国債の平均残存期間の長期化などの緩和補完策を打ち出した。ただ、私は、日銀は早晩、この補完策を超える追加緩和に乗り出すとみている。
追加緩和のインセンティブは主に3つある。第1に、円安を通して輸入物価を上げること。第2に、資産価格を押し上げること。第3に、ユニット・レーバー・コスト(単位労働コスト)を押し上げて実質賃金を引き上げることだ。最初の2つは金融政策で動かしやすく、最後の1点は金融政策だけでは難しい。
このうち日銀にとって追加緩和の最大の誘因は、これまでの円安の一巡で輸入物価の上昇率がこれから低下してくることだ。むろん原油安の影響もはく落するが、円安効果の一巡が勝り、おそらく16年後半は物価への下押し圧力が強まるだろう。
また、そもそも企業が賃上げにいまだ積極的にならない局面でインフレ率を高めるには、さらなる円安と資産価格の押し上げが不可欠だ。2%という目標が遠のくところで、もう1段の追加緩和を日銀は迫られると思う。市場の期待がかなり低下している局面で実施すれば、大きなサプライズとなるだろう。
こうした状況を受けて、株価については、日経平均で言えば年前半に2万2000円から2万5000円への上昇は十分にあり得ると考える。ただ、年後半は中国のネガティブ要素の悪循環が起これば、一本調子とはならない可能性もある。
もう一度繰り返すが、ベストシナリオは米国が着実に成長し、中国が短期的な経済の悪循環を回避できることだ。この場合、株式市場は年後半も上昇気流に乗るだろう。ただ、悪いシナリオは、米国経済の成長が若干スローで、中国経済の悪化を十分にカバーしきれないことだ。可能性としては低いと私は考えるが、特に年後半については警戒を怠らないほうが良いだろう。
<アベノミクス成功の重要な鍵は株高>
最後にアベノミクスに1つ注文したい。端的に言って、日本経済の最大の問題点は、企業収益が過去のピークを更新しているにもかかわらず、持続的な景気拡大、需要創造に結びついていないことにある。政府は経済界に対して3%の賃上げを求めているが、鶴の一声だけで貯蓄過剰が解消されるとは思えない。
では、どうすれば企業所得を広範な需要につなげられるのか。端的に言って、その最大の鍵は株高だと思う。企業の留保利益の増加は当然、株式資産価値を引き上げる。
日経平均が3万円になれば、株式時価総額は300兆円増える。4万円では600兆円増える。こう話すと絵空事と思われるかもしれないが、私の試算では日本株のフェアバリューは4万円だ。
また、インカムゲインの比較で見ても配当利回りは2万円時点で2%弱。4万になっても1%弱見込める。0.3%程度の長期国債利回りや、ほぼゼロの銀行預金よりはるかに魅力的だ。株式がフェアバリューに向かえば、家計だけでなく企業のアニマルスピリットが大きく刺激され、需要創造の好循環も回り出すだろう。
振り返れば、バブル崩壊後の株価や不動産価格の異常な低迷で、日本経済は不必要な重荷を背負ってきた。言い換えれば、オウンゴールによって経済困難やデフレに陥った。日本以外、どの国もバブル崩壊後に株価が半減したままなんてことはなかった。株価の水準をなるべく高く、経済心理を壊さないのが普通の金融政策だ。日本はそれを徹底的に壊した。明らかに政策のミスマネージメントだった。
株価重視の発想に対しては、投機をする人たちや富裕層だけを潤し、格差拡大を招くとの批判があるが、結局のところ、人々が注目する経済の体温は株価だ。株式本位制が必要とまでは言わないが、株高は紛れもなくアベノミクス成功の重要な経路である。
*本稿は、武者陵司氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
*武者陵司氏は、武者リサーチ代表。1973年横浜国立大学経済学部卒業後、大和証券に入社。87年まで企業調査アナリストとして、繊維・建設・不動産・自動車・電機エレクトロニクスなどを担当。その後、大和総研アメリカのチーフアナリスト、大和総研の企業調査第二部長などを経て、97年ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジスト、副会長兼チーフ・インベストメント・アドバイザーを歴任。2009年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。
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