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ハイチ現地レポート:記者の命を救った「かき氷」

 ジョセフ・ガイラー・デルバ記者

 1月20日、ハイチで取材活動していたロイターのジョセフ・ガイラー・デルバ記者が、自身が経験した大地震とその後の現地の様子をレポートした。写真は倒壊した建物の前を歩くデルバ記者(2010年 ロイター/Eduardo Munoz)

 [ポルトープランス 20日 ロイター] それは運命と呼べるのか、それともただの運なのか。とにかく、先週の大地震ですべてが崩れ落ちてきたとき、わたしの命を救ったのは「かき氷」だった。

わたしは7歳になる娘のジェニファーを学校に迎えに行った後、1人でポルトープランス市内にある事務所に戻るところだった。娘がハイチでは「フレスコ」と呼ばれるかき氷を欲しがったので、渋滞に巻き込まれ遅くなっていたが、仕方なく店に立ち寄った。

 その寄り道は予想外に長引き、わたしが地震の揺れを感じたのは、事務所まで目と鼻の先というところだった。

 砂ぼこりが立ち上り、助けを求めるパニックのような叫びが飛び交う中、携帯に妻のシャーリーから電話が入った。妻は当時、3階建てビルの最上階にあるわたしの事務所で働いていたが、建物が崩れつつあると伝えてきた。

 車から飛び出すと、ぺしゃんこにつぶれた建物が初めて目に入り、重厚なコンクリートの屋根ががれきの上に奇妙な角度で突き出ているのが分かった。

 妻の名前を何度も叫びながら、通り掛かりの人にも手を貸してくれるよう頼み、崩れた建物の隙間から中をのぞいて捜した。奇跡としか言いようがないが、約1時間が過ぎたころ、また妻から電話が入った。妻は建物から転落したが、けがもなく、今は自宅の外にある通りに、ジェニファーと1歳の息子ステファン、そして家政婦と一緒にいるという。

 わたしは、がれきの山と壊れた車を避けながら、約1.5キロ先の自宅に急いで戻った。地震でハイチと海外を結ぶ携帯電話サービスと通信網は遮断されることになったが、その日最後の電話の受けたのは、自宅に帰って妻と子どもたちを抱きしめていたそのとき、通信遮断の直前だった。

 電話は、ロイターでカリブ海地域と米南東部を担当するマイアミ支局長からで、わたしはその時点で分かるだけの情報を伝え、すぐに連絡し直すと約束した。しかし、その後、通信が不通となり、次の連絡は翌日にインターネットが使えることが分かって送った電子メールだった。

 ジャーナリストとして、わたしは地震をめぐる劇的な物語の取材と家族の面倒を見ることの狭間に立たされてきた。自宅が全壊し、地震直後には路上や友人が経営するレストランの床で寝ることも余儀なくされた。

 しかし、同時に、極めて貧窮し苦悩するハイチで起きていることを伝えなければいけない。両者のバランスを取るのは難しく、取材をすることに繰り返し反対する妻には、仕事をすることが家族を支えることにもなると説明した。

 17日朝に、妻と子どもたちをカナダの緊急救援機で国外に送り出すことができた。彼らは今カナダで安全に暮らし、わたしは取材に専念できることになった。

 <破壊>

 ポルトープランス全域では、がれきの中から数万に上る遺体が見つかり、さらに多くの遺体が収容されないまま放置されている。地震発生から1週間が過ぎた今も、レスキュー隊によって生存者が発見されているが、ほかにどれほどの人がなお取り残され、助けを求めているか知るすべもない。

 地震発生前も、ハイチは住み良い国とは言えなかった。しかし、フランスによる統治に反発した奴隷がおよそ200年前、世界で初めての黒人による共和国を打ち立てた誇り高き国は、今やすべてが崩壊した。

 ハイチと援助に駆けつけた国々は現在、復旧に向けて大きな挑戦に直面している。

 ポルトープランスの至るところで見られる苦難と窮状を考えると、わたし自身は幸運だと思うし、娘をがっかりさせないように、「フレスコ」を買おうと車を止めて、大地震の直前に道端で2人涼んだことを一生忘れない。

 もし、あの寄り道がなければ、わたしたちは事務所の建物の1階でつぶされていたかもしれない。市内の多くの建物と同じように、そこは今、一時的な墓地や霊廟になっている。

 その建物には、わたしが2005年に設立した、言論の自由を監視する団体「SOS Journalistes」が入っていた。団体の活動は、当局によって恣意(しい)的に逮捕されたハイチ人記者の解放のほか、数百人に上るメディア関係者のトレーニングや、ハイチにおける取材活動が原因で狙われたジャーナリストの法的支援などにわたる。

 混沌としたこの数日間、地震発生時に建物の中に何人いて、そのうち何人が命を落としたか分かっていない。現場からがれきが完全に除去されるまでに何年もかかるかもしれない。床が崩れ落ちると妻が電話をしてきたとき、建物には彼女しかいなかったことを望むほかない。

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