12月24日、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト、唐鎌大輔氏は、2017年に警戒すべき想定外のシナリオには、第2次プラザ合意によるドル安、英国のEU離脱方針撤回、人民元相場のフロート化があると指摘。提供写真(2016年 ロイター)
唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
[東京 24日] - 2016年を振り返ると、まっとうと思われた予想がことごとく空振りに終わる年でもあった。そこで、各種市場の見通しは諸賢の論考に任せるとして、筆者は「あり得なさそうだが心配なこと」に思索を巡らせてみたい。
事前予測がほとんど不可能であり、発生時の衝撃が極めて大きい事象を「ブラックスワン」と呼ぶが、本稿のテーマは極論すれば「2017年のブラックスワンはどこに現れそうか」ということである。
列挙していけば枚挙にいとまがないため、今回は米国、欧州、アジアから1つずつ筆者の思いつくシナリオを紹介してみる。
<第2次プラザ合意でドル安加速>
まず、米国に関しては何が言えそうか。トランプ大統領誕生自体がブラックスワンだったため、同氏の執行する政策全てが混乱の種になり得るのは間違いない。
為替相場の観点から言えば、米次期政権の通貨外交がドル安への忌避を隠さずに、通貨の低め誘導を図ってくる展開は警戒せざるを得ない。しかし、それらはブラックスワンというほどのものではなく、現実的に警戒すべきリスクだろう。
トランプ次期大統領の下での通貨外交に関し、ブラックスワンを想定するとした場合、それは「国際協調を絡めたドル安誘導」まで希求し始めるような展開かもしれない。極端な話、第2次プラザ合意を模索するような動きだ。
今年11月時点でドル相場は名目実効相場で見て2002年11月以来、約14年ぶりの高値をつけている。今年、ドルは円に対して大きく下落したものの、実はドル相場全体としてはほとんど下がっていない。言い換えれば、円以外の通貨に対する上昇余地はすでに相当限られている。
例えば、トランプ次期大統領が通商上、目の敵にするメキシコのペソは対ドルでの史上最安値を断続的に更新している。このような状況がさらに極まっていくことを同氏は許すだろうか。
かかる状況下、2017年を通してドル高が続いた場合、米国は基軸通貨としての影響力を行使することを選ぶかもしれない。多くの人は忘れているかもしれないが、今年2月に中国・上海で開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に関し、事前には第2次プラザ合意への思惑があったし、事後には「暗黙の上海合意」に対する観測報道が材料視されドル全面安となった。
現在のドル相場はその当時よりも高水準にある。ドル高が続けば、中国を筆頭とする新興国で資本流出が加速し、混乱が起きる。だからこそ、そのような国際協調の必要性がささやかれたはずだ。今後もドル相場の上昇が続くとしたら、同種の観測が浮上する可能性はあろう。
足元ではトランプノミクスをレーガノミクスと重ね合わせる向きが散見されるが、今起きていることが本当にレーガノミクスの再現ならば、行き着く先はプラザ合意だ(1985年に日米欧はドル安誘導で合意)。第2次プラザ合意を、2017年のブラックスワン候補として用心するに越したことはない。
<英国がEU離脱方針を撤回>
2017年については「トランプの年」との下馬評が目立つ中で、同時に「欧州政治の年」との声も多く聞かれる。17年のスケジュールを見ると約3カ月に1回、欧州連合(EU)の大国で総選挙が実施されるイメージだ。
特にイタリアで総選挙が実施された場合、反EU政党である五つ星運動率いる勢力が政権を奪取する可能性が現実的に見え始めており、その場合はユーロ離脱を問う同国の国民投票まで視野に入れたリスクオフ相場に至る可能性がある。しかし、これらも市場参加者の警戒の範疇に入る事象であり、ブラックスワンと呼べるほどの展開ではない。
欧州政治に関するブラックスワンを想定するとした場合、英国のEU離脱(ブレグジット)方針が撤回される可能性に注目したい。英国からEUへの離脱通知に関し議会承認が必要との司法判断が示されて以降、ブレグジットをめぐるスケジュールには不透明感が強まっている。今後、議会の採決が得られなければ解散総選挙を経て「今一度、民意を問う」という可能性はゼロではない。
その場合は離脱に対する国民の意思表示を再確認する意味が込められようが、果たして国民投票と同様の結果(離脱)が得られるのかは定かではない。また、仮にメイ英首相が宣言した通り、2017年3月までに離脱通知が行われたとしても、協議が思うように進まないことを受けて、双方合意の上で離脱方針の撤回へ傾くという流れもないわけではない。
リスボン条約50条に基づく離脱通知は不可逆的との理解が通説だが、実際にはそのような明記はない(少なくとも再加盟に関する記述はある)。双方納得すれば、撤回は可能という展開もあり得る。
何より、2017年に大国で総選挙が相次ぐことを踏まえれば、欧州委員会を筆頭とするEU政策当局にとってブレグジット方針は「揺らげば揺らぐほど良い」というのが本音だろう。
むろん、国民投票で示された意思表示は簡単に覆されることはないというのがメインシナリオだが、投票後のばたつきを見ていると、離脱方針が本当に遂行されるのか不安に思うこともある。なお、ブレグジット方針が撤回された場合、リスク許容度の改善から円売りが加速する可能性が高い。
<中国人民元相場のフロート化>
アジアに関してはやはり中国経済、特にその通貨政策にまつわるブラックスワンを警戒したい。過去1年間を振り返れば、米金融政策の正常化を受けて新興国から資金が流出、特に中国ではこれに応じて人民元相場の切り下げが行われた。
現状の中国の通貨政策は「基調としては元安を追求しつつ、断続的な元買い介入によって急落は避ける」という軟着陸を意識した運営が続いている。資本流出が落ち着くまで、こうした対応でやり過ごしたいというのが本音と推測される。
今年の中央経済工作会議で公表された金融政策のスタンスが「慎重かつ中立的」へと、わずかながら引き締め方向に調整されたのも、米中金融政策格差に応じた資本流出に一定のブレーキをかけたいという思いの表れと見受けられる。
だが、漸進的なアプローチを放棄し、一気に完全変動相場制(フロート化)に踏み切るリスクもゼロではあるまい。昨年来続く外貨準備の減少は、切り下げを経てもまだ市場が「あく抜け」に至っていないことの証左でもある。
仮に現時点で為替介入の手を止めれば、人民元相場は急落するだろう。市場心理に歯向かうような為替誘導を続ける限り、その代償として外貨準備は確実にすり減っていく。現状の外貨準備は約3兆ドルと市場の元売りに立ち向かい続ける「弾薬」はかなり潤沢だが、減少が続く以上、どこかで投機アタックの可能性が浮上する。
もし中国が将来的にフロート化したいのであれば、潤沢な外貨準備とともに十分な防衛力を備えている今が決断の好機だ。国際金融大国を志向する以上、追い込まれてフロート化させられるパターンを中国は望まないはずだ。一度下げたいところまで下げさせれば、痛みは急性的でも一時的なもので済むと思われる。
しかし、昨年8月や今年1月のケースを振り返れば分かるように、人民元の大幅切り下げは中国経済への極度の不安をあおり、株や商品などのリスク資産が軒並み底割れするような展開を招く。むろん、そのような展開はメインシナリオではないが、2017年のブラックスワン候補としては検討する価値があるように思える。
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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