コラム:トランプリスクの取扱注意書=熊野英生氏

コラム:トランプリスクの取扱注意書=熊野英生氏
 3月9日、第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、市場では株高・ドル高のトランプ相場再開を期待する声が多いが、トランプ政策の評価は「足し算」ではなく「引き算」で考える方が良いと指摘。提供写真(2017年 ロイター)
熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト
[東京 9日] - トランプ米大統領が就任して、少しずつ不確実性を占う材料が蓄積されてきた。当初は経験値がゼロだったので、世界経済の先行きが極めて不確実だったが、それが若干後退してきたということだ。
例えば、2月28日に議会で行われたトランプ大統領の演説内容を見てみよう。ここから経済政策をうかがうと、1)貿易面で公正を強調、2)雇用創出による中間所得層の拡大、3)1兆ドルのインフラ投資、4)法人税減税などの税制改正、の4本柱となっている。事前に知らされていた内容ばかりで、演説前に膨らんだ期待感に比べると、やや肩透かしだった。
それでもNYダウは大きく上げて、トランプ演説を好感した。これは、トランプ大統領が従来の過激なトーンを抑えたことへの好感である。大統領当選直後のスピーチにも共通するが、普通の大統領らしく丸くなった方が国民から好まれるのだ。
角のある態度よりも丸い対応の方が人気を上げるとトランプ大統領は学習していくだろう。この予想通りならば、不確実性は今後低下していくはずだ。
<日本経済の分岐点、早ければ今秋か>
次に、大統領の影響力がいかに大きいといっても、景気動向はファンダメンタルズに沿って動いていく。目下の日米経済の上向きトレンドは、そう簡単に変えられない。
日本経済の基本シナリオについて具体的に見ていくと、次の通りとなる。日本の製造業の生産活動は、2016年2月を大底にして上昇局面へと転換した。この流れが、先行きのどこで寿命を迎えるのか、考えてみよう。
日本の生産循環を動かす米国の循環に注目すると、米供給管理協会(ISM)発表の製造業景気指数が50を超える米景気拡大局面は2016年9月に始まった。この局面は少なくとも2018年内は続きそうである。
日本の生産循環は、米国発の景気循環よりも半年早く始まって、1年半ほど早く終了するパターンに見える。よって、米ISMの好況が2018年末まで続くとすれば、リーマン・ショック後の経験則に照らして、少なくとも2017年秋くらいまでは、生産拡大を続けるとみられる。
ショックが2017年中にあれば、同年秋よりも早く生産拡大が終わり、大きなショックがなければ同年秋よりも生産拡大は長持ちすることだろう。
整理すると、日本経済の基本シナリオは、以下の三段階となるのではないか。
1)2017年前半は、生産拡大の勢いが頑健であり、ショックに対する耐久性は強いので、景気拡大局面は続く。
2)2017年秋くらいになると成長ペースがマイルドに変わってきて、ショックがあれば景気拡大を終わらせる公算が大きくなる。
3)米国次第であるが、2018年入りすると日本は循環的な成長ペースが鈍ってきて、ショックがなくても景気の調整期を迎える可能性が高くなる。
<トランプ政策は「引き算」で考える>
2016年11月の大統領選におけるトランプ氏勝利以来、トランプ・ラリーが続き、まだ第二幕、第三幕があると期待する人も多い。しかし、筆者は、「足し算」ではなく「引き算」で考える方がおおむね間違いないとみている。
マーケットで大統領の発言が好感されることがあっても、それが実体経済に影響を与えるまでには、相当の修正を迫られる。財源問題、国際的な貿易ルールの縛り、そして抵抗勢力との調整があるからだ。
混乱させることは簡単だが、経済を上向かせるプロジェクトを完遂することは極めて難しい。懸念材料となっている「国境税」も、今後、換骨奪胎されて、いくらか毒が抜かれることが期待される。これは、「引き算」のマイナス幅が小さくなる可能性である。
未来の可能性の中で警戒されるのは、基本シナリオに影響を与える米金融政策への政治介入だ。目下、米連邦準備理事会(FRB)による3月利上げシナリオが現実味を増している。FRBは年内さらに利上げを重ねるだろう。
FRBのこうした意図は、今から成果を出したいと願っているトランプ大統領の考えとは食い違いそうだ。トランプ大統領は、実体経済が完全雇用かどうかは気にせずに、もっと雇用増加が欲しいと切望しているように見受けられる。大企業を集めて、雇用増を求めるなど、自分の権力を行使して可能なことを最大限行うつもりでいるようだ。
歴史的な教訓に沿って考えると、米政権が実力以上の雇用拡大を狙うと金融引き締めが遅れてしまい、悪性のインフレ予想が芽生える。政治的思惑に流されるというバイアスを排除するために、中央銀行に独立した判断を与えて、それを脅かさないようにするというのが教訓である。
最後に、筆者はトランプリスクを過大評価しないよう指摘する一方で、逆の過小評価リスクについても怠りなく考えたい。おそらくトランプリスクは「こんなものだ」と理解したつもりになったときが、一番危険だ。重要なのは、複眼思考である。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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