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コラム:トランプ政策は本当に非現実的か=鈴木敏之氏
2017年1月23日 / 09:03 / 9ヶ月後

コラム:トランプ政策は本当に非現実的か=鈴木敏之氏

[東京 23日] - 昨年11月8日、ドナルド・トランプ氏の米大統領選勝利で、多くの経済人は途方に暮れた。同氏の主張はあまりに現実離れしているように思われ、具体的な政策予想を描けなかったからだ。

その後、閣僚人事の発表が始まり、トランプ氏のツイッターでのつぶやきなどを見て、新政権の政策運営をめぐる不透明性が時間の経過とともに薄らぐようになっている。

もちろん、トランプ氏が大統領就任前に応じた米紙のインタビューでドル高への不満を漏らしたことに、困惑した経済人は多かったはずである。財政を拡張し、同時に利上げをする国の通貨が増価するのは当然の帰結であるからだ。ゆえに、その後、上院の指名承認公聴会に臨んだスティーブ・ムニューチン財務長官候補が「長期的なドル高維持は重要」と発言したことで、経済人の間にも安心感が広がったことだろう。

本稿では、20日の大統領就任式直後にホワイトハウスのウェブサイト上で公表された「Issues(政策課題一覧)」をベースに、トランプ政策の行方を分析したい。この政策課題一覧のおかげで、新政権の理想実現の条件について、筆者のようなエコノミストも見極めが可能になった。

ちなみに、政策課題一覧には、不法移民の流入を防ぐための壁建設への言及こそあれ、メキシコは名指ししておらず、また中国を「為替操作国」に認定するとの指示も書かれていない。トランプ新政権が現実離れしていないことが具体的に見えてきている。

<雇用2500万人増は非現実的ではない>

さて、政策課題一覧の中で、筆者が注目した点は、2つの数値目標だ。10年間で2500万人の雇用創出、そして4%経済成長の実現である。

前者については、年平均250万人、月平均20万人強の増加であり、若干意欲的ではあるが、非現実的な数字とは言えない(直近の非農業部門雇用者数から2500万人の増加は、年平均1.6%の伸びになる)。

ただ、後者の4%成長率の実現には2.4%の労働生産性の伸びが必要となり、これは容易ではない。大きな障害は、言わずもがな、保護貿易主義だ。

米国の労働生産性と輸出入総額の対国内総生産(GDP)比には、正の相関関係がある。つまり、労働生産性の伸びを高めたいならば、貿易は制限せず、振興しなければならない。

ところが、政策課題一覧は、複数箇所で貿易協定面の条件改善に言及があるなど、保護貿易主義的な色彩が濃かった。ウィルバー・ロス商務長官候補は上院の指名承認公聴会で「私は反貿易主義者ではない」と述べているが、額面通りに受け止めていいのか見極めにはもう少し時間が必要だろう。

また、政策課題一覧では、製造業雇用について、具体的な数値目標こそ示さなかったものの、回復を目指すとしている。だが、ここに新政権にとって厄介な現実がある。

実は米国の労働生産性の上昇局面では、製造業雇用者数の全雇用者数に対する比率が低下しているのだ。逆に、金融危機後に労働生産性の上昇が鈍った局面では、この比率はおおむね横ばいだった。

加えて、この比率は、景気変動の影響を受けて上下する。景気の谷では、低くなる可能性がある。

そこで求められるのは金融政策面での景気下支えということになるのだろうが、米連邦準備理事会(FRB)高官からは昨今、現在の完全雇用に近い経済状態では、財政政策の行方次第で利上げを加速させる可能性に含みを持たせる発言が相次いでいる。金融政策の任務達成と、新政権の描く理想への到達の間に整合性が確保されるかは、経済人にとって最重要の関心に浮上してこよう。

また、もう1つ認識しておくべきことは、製造業復権と4%成長の政策目標パッケージが示された理由だ。 それを知る上で重要な手掛かりは、新設される国家通商会議(NTC)を率いるピーター・ナバロ・カリフォルニア大学教授が著書「Crouching Tiger(邦訳:米中もし戦わば)」で開陳した持論だろう。

同著には、製造業の復権がなければ、米国の軍事力が維持できないと記されている。過去結んだ貿易協定の結果、米国の工場が閉鎖されていったことは、安全保障上の一大事だというのである。

<エネルギー増産でインフレ抑制>

こうした問題点だけを列挙すると、トランプ新政権の政策には実行性や整合性がなく、破綻や混乱を予想しなければならないようにみえる。しかし、次の点では、話は違ってくる。政策課題一覧のトップ項目に掲げられているエネルギー政策だ(名称は「America First Energy Plan」)。

米国には豊富なエネルギー資源があり、効率的に生産する技術もある。規制がその利用を妨げているが、それは政策で変えられるという。

その真偽については、ここでは深く触れないが、仮にその通り増産が実現すれば別のメリットがありそうだ。エネルギーの増産は、前述した金融政策の任務達成をめぐるジレンマの解決策となるかもしれないのである。

周知の通り、米国の予想インフレ率の変動には、原油価格の影響が強く出ている。つまり、最近の原油価格上昇がこの先、抑制されるとすれば、FRBにはインフレ対応で余裕ができる。

そもそも、昨年11月の石油輸出国機構(OPEC)減産合意を受けて、原油相場は反転上昇傾向にあるが、最大の非OPEC産油国である米国が増産すれば、OPEC減産効果一巡後はインフレ率の上昇は続かなくなる。FRBは、利上げを急がなくてよいことになる。

また、2016年前半に米景気拡大は減速したが、それを引き起こしたのは、エネルギー関連を中心とする設備投資の減速だった。エネルギー関連の規制緩和が生産活動を活発化させるのであれば、投資の風向きが変わる可能性もある。

<イエレンFRB議長続投の条件>

ところで、イエレンFRB議長の任期は、2018年2月3日に切れる。18日の講演で、2019年末までの利上げについて言及したのは、再任・続投への意欲を示したものなのだろうが、ホワイトハウスが製造業復権と4%成長を必要としていることを踏まえて政策運営をしなければ、交代となる可能性は高いだろう。

米国経済は完全雇用に近いところまできている。アトランタ地区連銀の経済予測モデル「GDPナウ」によれば、第4四半期の実質GDP成長率は2.8%となる見込みだ(19日時点の予想)。第3四半期の3.5%から下がるとはいえ、依然として高い。

インフレ率も、低下サイドの不安は日欧より小さい。その根底を支える賃金の上昇率も高まってきている。株価も堅調だ。米国経済は申し分ない状態なのである。

米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの多くは、失業率の大幅低下と賃金の上昇傾向を受けて、超低金利を続けることに抵抗を示している。こうした中、かたくなに利上げに慎重な姿勢を取り続け、このパーフェクトと言える状態にこぎ着けているのだから、イエレン議長は「名議長」と評価されてよい。

しかし、トランプ大統領が指摘するように、危機後の回復は著しく弱い。最大の問題は、労働生産性の伸びが鈍すぎることだ。それを説明しきれないまま、今日に至っている。

労働生産性の伸び悩みを放置することが、米国にとって安全保障上の懸念につながるとトランプ政権が判断するならば、その原因説明を先送りし続けるFRB議長は、「You are fired(お前はクビだ)」と通告されかねない。

*鈴木敏之氏は、三菱東京UFJ銀行市場企画部グローバルマーケットリサーチのシニアマーケットエコノミスト。1979年、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。バブル崩壊前夜より市場・経済分析に従事。英米駐在通算13年を経て、2012年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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