コラム:黒田日銀に待ち構える「2017年問題」=永井靖敏氏

コラム:黒田日銀に待ち構える「2017年問題」=永井靖敏氏
 12月21日、大和証券・チーフエコノミストの永井靖敏氏は、来年はある程度の物価上昇が見込まれるため、日銀は長期金利操作目標の「早めで緩やかな」引き上げの必要に迫られると同時に、より緻密な情報発信を求められると指摘。提供写真(2016年 ロイター)
永井靖敏 大和証券 チーフエコノミスト
[東京 21日] - 2016年の日銀の金融政策を振り返ると、マイナス金利導入という予想外の幕開けになった。7月に上場投資信託(ETF)の買い入れペースを拡大。9月に「総括的な検証」を発表し、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という新しい枠組みを導入するなど、矢継ぎ早に政策発動を行った。ただ、その後は、波乱なく年を越えようとしている。
2017年については、新しい枠組みが維持されると思われるが、日銀にとって平穏な1年になるとは限らない。物価がさほど上昇しないケースでは、その理由を説明する必要があり、場合によっては追加的な行動を強いられる。また、十分上昇するケースでは、適切な情報発信や対応が求められるためだ。
<物価低迷なら「新たな理由」が必要>
まず、物価がさほど上昇しないケースについて考えると、日銀は現行の政策運営を正当化するため、新たな理由を探す必要がある。これまでは、最大の原因は原油価格の下落と説明してきた。
「総括的な検証」でも、原油価格の下落による一次的な影響に加え、日本の物価が「適合的」な(過去の物価水準に左右される)面が大きいことから、結果として「物価安定の目標」を2年以内に達成できなかったが、「量的・質的金融緩和」自体は物価押し上げ効果があったと分析している。このため、原油価格の下落が一巡した後も、物価の伸びが想定を下回った場合、日銀は説明に窮する恐れがある。
とはいえ、後付けで理由を見つけることは難しくないだろう。2007年のサブプライムショック、1997年のアジア通貨危機、1987年のブラックマンデーを理由に、末尾7の年は金融ショックがあると主張するつもりはないが、最近は毎年何らかのショックが起きている。「2017年は何のショックも起きない」と考える方が不自然だ。
具体的には、中国について、住宅市場はバブルと指摘する向きもあり、2017年に大幅に調整する可能性を否定することはできない。米国については、トランプ次期米大統領と米議会の対立が表面化し、債務上限問題などで市場の混乱を招く恐れもある。
欧州については、春のフランス大統領選挙、秋のドイツ総選挙が予想外の結果となり、これが世界経済に悪影響を及ぼすというリスクシナリオも無視できない。何らかのショックに加え、「総括的な検証」で日銀が想定した以上に日本の物価が「適合的」だったと主張することで、説明責任を果たすことができそうだ。
<金利操作目標引き上げ時の説明責任>
より問題なのは、物価が十分上昇するケースだろう。新しい枠組みは、期待インフレ率の上昇に応じて、ゼロ%程度とした長期金利の操作目標を適宜引き上げることが可能な仕組みになっている。今後、物価の伸びが高まるにつれて、市場で操作目標引き上げ観測が強まりそうだ。
筆者は、コア物価の実績値が少なくとも1%を超える必要があると考えているが、市場の見方はまちまちで、日銀が引き上げを行う判断材料は、ブラックボックス化されている状況にある。
日銀が長期金利の操作目標を引き上げるには、金融緩和度合いが過度に高まることにより生じる弊害について説明する必要がある。政策運営は、ベネフィットとコストを比較した上で実施される。「過度に高まった」と言うためには、具体的なコストの所在を明らかにしなければならないだろう。
筆者は、コストとして、行き過ぎたリスクテークを誘うこと、望ましくない円安を招くこと、長期金利の操作目標引き上げ時に市場が波乱することなどが思いつく。ただ、日銀が行き過ぎたリスクテークの弊害を問題視すると、質的緩和を正当化できなくなる。為替レートについては、財務省専管事項であるため、望ましくない水準に達したとコメントすることはできない。
このため、長期金利の操作目標引き上げ時期は、「引き上げ時の市場の波乱」に関する日銀のコスト評価が鍵になる。引き上げは、「早めで緩やか」か「遅めで急か」の選択で、コストを重視すれば、「早めで緩やか」の方が望ましい。日銀も、新しい枠組みの導入で、これまで軽視していた政策運営の持続性に配慮する姿勢を示したことから、コストもある程度意識していると思われる。
とはいえ、日本の物価は「適合的」と説明しているため、早過ぎる引き上げは望ましくない。黒田東彦日銀総裁は、12月の金融政策決定会合後の記者会見で、現行の金融政策は2%の「物価安定の目標」達成に向けたモメンタムを維持するために導入したと説明し、2%目標までになお距離がある状態での長期金利の操作目標引き上げについて、否定的な見解を示した。
会合前に、長期金利が上昇していたが、米長期金利の上昇が主因と考えられるため、日銀が市場の動きを追認しなかったのは、当然のことだろう。会合後の市場の反応も軽微なものにとどまった。
日銀にとってのベストシナリオは、期待インフレ率の上昇に応じて長期金利が上昇し、金融政策決定会合で上昇を追認するという手法だろう。9月の会合で、長期金利の水準を「概ね現状程度(ゼロ%程度)」とし、新しい枠組み導入による大幅な相場変動を回避できたことを、成功例と考えていると思われる。
2017年は、ある程度の物価上昇が見込まれる。物価上昇後、長期金利の操作目標を長期間ゼロ%のまま据え置くと、変更後のショックが大きくなる。黒田総裁は、イールドカーブについて「適切にコントロールしている」という発言にとどめたが、2017年は、市場の混乱を避けるため、より緻密な情報発信が求められる。
*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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