[1/8] 3月9日、かつて自宅のあった場所に向かう木村紀夫さん(49)。福島県双葉郡大熊町で2月撮影(2015年 ロイター/Toru Hanai)
花井亨 (ロイター写真部)
[富岡町(福島)9日 ロイター] - 福島県双葉郡富岡町では、除染作業員が放射性物質に汚染された土などを運んでいる。2011年3月11日に発生した東日本大震災は、今なお被災地に深い爪痕を残している。
震災から4年──。東京電力の福島第1原子力発電所事故による放射性廃棄物の中間貯蔵施設を建設する政府の計画に、付近の住民たちは心を引き裂かれている。
かつて自宅のあった場所に向かう木村紀夫さん(49)は津波で父と妻、そして娘を失った。
中間貯蔵施設建設のための土地売却を促すため、環境省の職員が木村さんを訪ねて来るのは時間の問題かもしれない。
だが、木村さんは決して交渉には応じないと心に決めている。
「土地は売らないし、貸さない」と話す。
福島の除染費用は、汚染廃棄物の処理も含めて約2.5兆円が見込まれている。除染作業員が毎日、道路に水をかけ、家を洗い、木の枝を切り、田畑から汚染土を削り取っている。
作業員が集めた汚染土は青と黒のフレコンバッグに入れられ、田畑や駐車場、人家の裏庭に置かれている。
政府は今後数年のうちに、福島第1原発付近の双葉町と大熊町に中間貯蔵施設を建設する予定。しかし木村さんのように、地元住民の多くは自分の故郷に政府が約3000万トンもの除染廃棄物を貯蔵しようとしていることに怒りを感じている。
会津若松市の仮設住宅では、大熊町の避難住民と行政との懇談会が行われた。
政府が中間貯蔵施設の建設を予定している双葉町と大熊町の住民約2300人は苦渋の選択に迫られている。
自宅近くの寺で家族の私物を整理する木村さんは、娘の汐凪(ゆうな)ちゃんの写真を手にした。
震災発生から数カ月後、妻と父の遺体は見つかった。しかし、次女の汐凪ちゃん(当時7歳)は行方不明のままだ。もう見つからないかもしれないという思いが木村さんの脳裏に浮かぶ。
木村さんは4年たった今でも大熊町に戻り、何か手がかりがないか砂浜を探し続けている。しかし、被ばくガイドラインで許されている帰還困難区域への「一時帰宅」は最長5時間だ。
学校のジャージは木村さんの手元に残された数少ない汐凪ちゃんの持ち物の1つだ。
ゼッケンには、「熊町小1年2組 木村汐凪」と書いてある。
──富岡町にある震災犠牲者を悼む慰霊碑と地蔵尊。下の写真は会津若松市の仮設住宅。
*スライドショーは(here)
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