コラム:消費増税先送りは「悪い円安」の誘因か=鈴木健吾氏

コラム:消費増税先送りは「悪い円安」の誘因か=鈴木健吾氏
 11月14日、みずほ証券・チーフFXストラテジストの鈴木健吾氏は、消費増税先送りと解散総選挙は、長期的には「悪い円安」の誘因となる可能性があると指摘。提供写真(2014年 ロイター)
鈴木健吾 みずほ証券 チーフFXストラテジスト
[東京 14日] - 安倍晋三首相が3年ぶりとなる日中首脳会談に加え、APEC、G20などの外交活動のため日本を離れるなか、「消費増税先送りと解散総選挙」が報じられている。主要メディアをみる限り、この組み合わせは既成事実化しているようだ。
株式市場では、これらの報道が好感され、日経平均株価は2007年以来約7年ぶりの水準まで上昇。為替市場では、ドル円が7年ぶりの116円台を示現したほか、豪ドル円も約1年半ぶりの1豪ドル=100円台を回復するなど、円全面安の展開となっている。
筆者はこれまで、「消費増税の先送り」は「アベノミクスのつまずき」「安倍政権は血を流す改革ができない」との評価につながり、為替市場では失望とともに円買いとなる可能性が高いと考えていた。
そもそも、為替市場では「アベノミクス進展=円安」との反応が続いてきた。振り返れば、2012年11月14日に野田佳彦首相(当時)が衆院の解散を打ち出すと、安倍自民党総裁は11月15日に講演で「経済状況の最大の問題点は、デフレと円高」と指摘。政権奪還後、失われた20年からの脱却のためアベノミクスを強力に推進する意向を示した。その政策の核に据えられたのが、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」のいわゆる「三本の矢」だった。
その後、一本目の矢「大胆な金融政策」に絡み日銀総裁に黒田東彦元財務官が就任して異次元緩和を導入したことも含め、アベノミクスの根本には円高の修正(円安志向)があると為替市場ではとらえており、結果「アベノミクス進展=円安」「アベノミクス後退=円高」との反応がみられてきた。
しかし、最近の値動きをみると、「消費増税先送りと解散総選挙」に対しては、円売りで反応している。理由づけをするならば、「国内株式市場が増税先送りに反応して大幅上昇したことに対する反射的なリスクオンの円売り」もしくは「解散総選挙で政権基盤がより強固となり、成長戦略や改革が大きく前進するとの期待による円売り」などが考えられる。
ただ、後者については、自民党は前回2012年の衆院選で294議席を獲得する大勝利を収めており、これ以上の議席獲得は事実上難しいとみられることから、やや無理があるかもしれない。
報道によれば、17日に発表が予定される7―9月期国内総生産(GDP)速報値の結果をみたうえで、10日間程度の間に消費増税先送りと解散総選挙を判断するようだ。当初の反応は上記の通り、「株価上昇で円安」との展開になるだろう。10月末の日銀による追加緩和導入後、数日のうちにドル円が5円程度上昇するなど、現状はボラティリティが上昇し円安バイアスが強まっている状況にあり、場合によっては一気に1ドル=120円をトライする流れになる可能性も否定できない。
<「短期円高・長期円安」の可能性>
しかし、その後はアベノミクスに対する不信や不満の高まりがドル円の上値を押さえる要因になる可能性がある。
このタイミングで解散総選挙に踏み切るメリットは、3つ考えられる。まず、議席を多少減らしたとしても、改めて過半数を確保できれば、さらに4年間の政権の任期を獲得し、改めて改革や成長戦略に取り組むことが可能になる。第二に、株式市場の参加者に対して景気重視の姿勢をアピールすることで、一層の株高を演出できる可能性がある。第三に、消費者に対する景気重視姿勢のアピールと来年4月の統一地方選への準備だ。為替市場にとっては、「改めて改革や成長戦略に取り組むこと」および「株高」は円売り要因ではある。
一方で、デメリットや不透明要素は多い。まず総選挙によって何を国民に問うかだが、消費増税先送りとセットになっていることから「消費増税を問う選挙」になりかねない。この場合、自民党が勝利したとしても民意は増税に反対との見方に傾いていると判断され、消費増税は「先送り」ではなく「見送り」の声が強まる恐れがある。
また、政府が目標に掲げる財政健全化が達成できないリスクがある。政府は2015年度までに基礎的財政収支の赤字対GDP比を、2010年度の6.6%に対し、2015年度には3.3%に半減させる目標を立てている。増税を先送りすれば、達成は難しくなるだろう。この場合、短期的には「アベノミクスへの懸念で円高」との反応となろうが、長期的には「財政健全化目標が達成できない」「日本国債格下げの可能性」「国債を大量に購入している日銀」との連想から悪い円安につながる可能性がある。
成長戦略や改革に対する疑問も高まろう。成長戦略の目玉の1つとして外国人投資家からも注目度の高い法人税減税について、増税なくして減税ができるのかとの見方が強まるだろう。また、現国会で審議されている女性活躍推進法案なども安倍政権の目玉の1つだが、総選挙となればこれも審議未了で廃案となる可能性がある。成長戦略や改革に対する疑問の高まりは、「アベノミクスへの失望で円高」との反応となろう。
加えて、日銀との関係も懸念される。黒田日銀総裁は9月4日の金融政策決定会合後の記者会見で「(消費増税が行われず)政府の財政健全化の意思や努力について市場から疑念を持たれると(中略)政府・日銀としても対応のしようがない」「(増税により)予想以上にあるいはその他の内外の経済状況如何で経済の落ち込みが大きくなる事態となれば、財政・金融政策で対応できる」と発言し、強く政府をけん制していた。
異次元緩和政策を導入し政府の発行する国債の大部分を日銀が購入するなかで、財政健全化はその前提条件でもある。これにより政府と日銀の関係にヒビが入り、安倍政権と黒田日銀が互いに背を向けるような事態ともなれば、「アベノミクスの失敗」との評価につながる可能性がある。この場合も、短期円高・長期円安の反応となるだろう。
このように、為替市場から眺めた場合、消費増税の先送りと解散総選挙は、直後のファーストリアクションこそ円安方向でも、その後、アベノミクスへの信認が低下することで円買いを喚起しやすいと考えられる。さらに、時の経過とともに、財政不信やアベノミクス失敗という評価につながるまで事態が悪化するようだと、長期的には悪い円安を招く恐れがある。
目先は、17日のGDP速報値と、その後10日程度の間に下されるとみられている首相の判断をにらみ、ドル円は動きづらい展開となるだろう。
*鈴木健吾氏は、みずほ証券・投資情報部のチーフFXストラテジスト。明治大学経営学修士。証券会社や銀行で為替関連業務を経験後、約10年におよぶプロップディーラー業務を経て、2012年より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab