10月22日、大和証券のチーフ為替ストラテジスト、亀岡裕次氏は、米量的緩和第3弾(QE3)の下でドル円が下落基調となる可能性は低く、欧州の財政政策次第ではドル高・円安が進みやすくなると指摘。提供写真(2012年 ロイター)
亀岡裕次 大和証券 チーフ為替ストラテジスト
[東京 22日 ロイター] 米国の量的緩和第1弾(QE1)や第2弾(QE2)の下でドル円は緩和当初に上昇し、間もなく下落に向かった。しかし、第3弾(QE3)の下ではそのようにならない可能性が高い。
為替相場には、金利差などの「相対要因」と市場のリスク許容度といった「全体要因」が影響する。ドル円もこの2つの要因に左右されるが、他の通貨ペアに比べると「相対要因」に影響されやすい。
豪ドル・円などのクロス円は世界株価指数との相関が高いのに対し、ドル円は日米金利差との相関が高い。米連邦準備理事会(FRB)がQE1として2009年末までに1.75兆ドル規模の証券買い入れを行うと発表した09年3月以降、市場がリスク選好に転じ、クロス円の多くはおよそ1年にわたって上昇を続けた。
これに対しドル円は、量的緩和前の09年2月から4月にかけて上昇したものの、同年末にかけてはそれ以上に下落した。年前半はリスク選好下で米長期金利も上昇し、ドル円は堅調に推移したが、米雇用者数が減少を続けるなかで米金利が低下するようになったため、ドル安・円高が進行したのである。また、ドルが市場に大量に供給された結果として、米国のベースマネー(現金と中銀預け金の合計)は日本に対して相対的に増加することとなり、これもドル安・円高要因になった。
そして、10年11月のQE2(11年6月までに6000億ドルの国債買い入れ)の後には、米金利とともにドル円が上昇した。量的緩和の規模はQE1に比べてかなり小さく、QE2のリスク選好効果は小さかったとみられるが、減少が続いていた米国の雇用者数が10年10月に大幅に増加したことが重なって、リスク選好の株高や長期金利上昇が進んだ。
ただし、豪ドル・円などのクロス円が世界株価と同様に11年4月まで上昇を続けたのに対し、ドル円は10年12月以降、軟調となった。雇用改善の初期段階にあり、インフレ期待は上昇しても利上げ期待(期待実質金利)の上昇が抑制されたことや、QE2により米国のベースマネーが日本に対して相対的に増加したことが影響したとみられる。このように、ドル円にはリスク許容度以上に日米金利差やベースマネー比率などの相対要因が強く影響する。米国の経済動向を反映して米政策金利見通しがどう変化するかということ、日米の金融政策を反映してベースマネーがどう変化するかといったことが、ドル円相場にとって重要だ。
さて、9月13日にQE3が決定されたが、それから1ヶ月余りが経過した10月22日現在、米国債金利やドル円は比較的小幅な上昇にとどまり、株価も決定直前と大差ない水準にある。QE3は、雇用見通しが顕著に改善するまで継続するとして予め期限や規模を定めていないが、月平均の証券買い入れ額が400億ドルと、QE1のおよそ1750億ドルやQE2の750億ドルに比べて小さく、これがリスク許容度の押し上げ効果を小さくしているものと考えられる。
また、13年初めにはブッシュ減税の期限切れと自動的な歳出削減を合わせ、5000億ドルを超える規模の「財政の崖」により米国景気が後退するリスクが残っているため、そのことがリスク許容度の高まりを抑制している面もありそうだ。
<時間とともにドル高・円安か>
ただし、今回はQE1やQE2のように、いったんは上昇した米金利やドル円が時間の経過とともに量的緩和決定時の水準を超えて下落していくというパターンにはなりにくいのではないだろうか。
なぜなら、QE3の証券買い入れペースが小さいことが、ドル供給によるドル安効果を小さくするからである。リスク選好効果が小さいかわりに、ドル安効果も小さいとみられる。
もちろん、QE3の期間が長期化すれば、証券買い入れによるドル供給の規模は拡大するわけだが、日銀の量的緩和による円供給も拡大しているため、ドル安効果と円安効果が相殺し合うだろう。現段階でFRBと日銀が決定している金融政策をもとにすると、日米のベースマネー比率は現状からほとんど変化しないと予想され、ドル円相場に与える影響はほぼ中立的とみられる。
今後、FRBが証券買い入れ規模を拡大することがあれば、おそらく日銀もそれに対応するように拡大するだろうから、QE1やQE2の時のように米国のベースマネーが相対的に増えてドル安・円高要因になることは考えにくい。QE3によるリスク許容度の上昇効果は小さいだけに、期待の反動も小さく、時間の経過とともにドル供給による米金利低下・ドル安効果が台頭することはないだろう。
むしろ今回は、米金利やドル円が次第に上昇していく可能性が高いとみられる。
第一の理由は、「財政の崖」のリスクが解消する可能性が高いことである。11月6日の米大統領・議会選挙の結果、議会のねじれ(上院:民主党多数、下院:共和党多数)、あるいは政権と議会のねじれ(大統領:民主党、上下院:共和党多数)が続く場合、「財政の崖」対策法が年末近くまで成立せずに、リスク回避の円高に傾く可能性はある。しかし、共和党にしても民主党にしても、5000億ドル以上の「財政の崖」を迎えて米経済が景気後退に陥ることを避けたいはずだ。減税継続の対象などで両党の意見が対立しても、年末までには減税の大部分延長で合意し、自動的歳出削減による財政緊縮にとどめるのではないだろうか。
「財政の崖」による景気後退リスクが解消すれば、市場はリスク選好に傾き、すでに進行しつつある資産効果(株高)による個人消費の増加が顕著となり、企業が投資や雇用を抑制する動きもなくなると考えられる。そして、米国景気の拡大ペースが上がるとともに、米金利やドル円は上昇するだろう。中間所得層や実業界寄りの民主党はドル安志向、富裕層や金融界寄りの共和党はドル高志向と言われるが、選挙で大統領が共和党、上下院ともに共和党多数になれば、「財政の崖」対策がすぐに成立することになってドル高が進むだろう。
第二の理由は、欧州信用不安が拡大する可能性が低いことである。QE1やQE2の後には、欧州信用不安の高まりがリスク回避志向と逆資産効果(株安)を通じて米国景気の減速を招き、米金利とドルが下落した。しかし、欧州安定メカニズム(ESM)や欧州中央銀行(ECB)による国債買い入れが可能になり、重債務国の国債利回りが急上昇するような事態は防げるようになった。少なくとも欧州重債務国の金利安定によって、10年と11年に起きたようなリスク回避行動による米金利低下とドル円下落は回避されると筆者は考えている。
もし欧州が重債務国を中心に財政緊縮を継続すると、欧州の景気悪化が世界の景気回復を抑えるだろうが、成長に配慮して重債務国の財政緊縮を猶予するようになれば、欧州景気の安定とともに世界景気は回復する可能性が高い。QE3下でドル円が下落基調となる可能性は低く、欧州の財政政策次第で米金利上昇とドル高・円安が進みやすくなるだろう。
*亀岡裕次氏は、大和証券の投資戦略部担当部長・チーフ為替ストラテジスト。東京工業大学大学院修士課程修了後、大和証券に入社し、大和総研や大和証券キャピタル・マーケッツを経て、2012年4月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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