9月3日、第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏は、QE3=円高という連想は必ずしも正しくないと説く。提供写真(2012年 ロイター)
熊野英生 第一生命経済研究所 首席エコノミスト
[東京 3日 ロイター] 為替をめぐって、米連邦準備理事会(FRB)の政策が衆目を集めている。多くの人が円高を懸念しているからだ。
雇用統計をはじめ、米景気指標が相当に強くなければ、追加緩和が実施される。この追加緩和観測が、米長期金利を低下させて、ドル円レートを円高に向かわせる。今週には雇用統計やISM統計の発表が待ち構えている。そして、今月12―13日に開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)では、量的緩和第3弾(QE3)の可能性を含めて、何らかの追加緩和が十分にあり得ると予想されている。
さて、追加金融緩和によって本当に円高になるのだろうか。
FRBが時間軸政策を変更して、2014年終盤までとしている異例の低金利をさらに2015年半ばまで延長すれば、米長期金利が低下して円高になる可能性は確かにある。過去のドル円レートの月次の時系列データを米長期金利と並べると、2001年以降は趨勢として奇妙なくらいに一致している。米長期金利が低下したとき、日米金利差は狭まり、円高に振れている。QE3の観測も、米長期金利の低下を通じて、さらなる円高の予想を生み出している。
<QE3で長期金利は必ずしも低下しない>
しかし、過去、FRBが長期債を大量購入するかたちの量的緩和を実施すれば、米長期金利が必ず低下しているかと言えば、必ずしもそうはなっていない。
2009年3月から2010年3月までに実施されたQE1のときは、長期金利は2%台後半から一時4.0%まで上昇した。2010年11月から2011年6月までのQE2のときも、長期金利は2.6%から3.7%へと上昇している。
FRBが債券を大量購入して金融市場に積極的な資金供給をしたときには、もう一方で予想インフレ率が上昇し、株価も上がっていることから、長期金利は上昇している。つまり、FRBの債券購入による需給緩和の作用よりも、期待形成によって長期金利が持ち上げられたり、債券から株式へのシフトによって金利が上昇したりする効果の方が大きいのである。
むしろ、円高が急伸するのは、QE1やQE2が実施された後(あるいは途中で)、その刺激効果が剥げ落ちていく局面(出尽くしたとき)である。そのとき、金融緩和の刺激効果が薄らぐとともに、米経済の持ち直し傾向が勢いを失い、ドル安に振れている。
金融市場には、「円高の呪縛」があり、QE3=円高という連想が強く働いている。米国は折りがあればドル安誘導をしたがっていて、日本の輸出産業は米金融緩和によって多大なる被害を被っているという強烈な思い込みである。しかし、過去のデータはその思い込み通りにはなっていない。
実際は、米金融緩和がそれなりに効果を及ぼしたとき、景況感がいくらか改善して、ドル安圧力は和らいでいる。ただ、残念なことに、過去の局面では、しばらくすれば金融緩和効果が薄らいでいる。米経済の回復力は頭打ちになって、長期金利は低下する。そして、次なるQE観測が高まることになる。要するに、米金融緩和が本質的に米経済を改善させなかったことが、円高・ドル安の原因なのである。
<バーナンキ議長の腹の内は>
本当にまずいのは、最後の切り札であるQE3が効かないという見解がコンセンサスになり、バーナンキFRB議長が「裸の王様」になってしまうことである。米経済がデフレ色を強めて、長期金利が低下すると、性質の悪い円高へと向かうだろう。
QE3には、長期金利への影響力もさることながら、流動性拡大が期待インフレ率を高める作用を持っていて、株価上昇の材料として歓迎されやすい。QE3の実施は、そうした話題性のあるテーマだけに、市場の期待感だけに引きずられて判断すると、政策運営としてのリスクが高まる。
バーナンキ議長は、市場の声に押されて実施したものの、景気浮揚の効果を十分に及ぼすことができずに、QE4、QE5と何度も金融緩和を繰り返さざるを得なくなるシナリオを警戒しているのだろう。金融政策が後手に回って、FRBの政策運営が「日本化」することへの警戒とも言える。すでに米長期金利は1%台半ばまで低下していて、金利低下の余地は大きくないことは明らかだ。
タイミングが悪いのは、11月の米大統領選挙を控えて、共和党候補を中心に、バーナンキ批判があり、雇用拡大を数値目標にすべきなどという揺さぶりがあることだ。FRBが景気刺激を急かされる図式である。バーナンキ議長は、追加緩和の観測を適度に醸成して、緩和期待を盛り上げることで自己実現的に景気刺激になればよいというのが腹の内だろう。
<リーマンショックの根深い後遺症>
FRBの苦しみの背景には、米経済がリーマンショックによる根深い後遺症を患っていることがある。しばしば言われる「財政の崖」の中身も、この後遺症の変形と言えるだろう。
なぜ、ブッシュ減税や財政支出拡大がなくなると、米経済が不安定化するかと言えば、家計の所得形成力が依然として弱いままで、財政からの所得移転を受け続けないと、雇用・消費拡大の維持が心もとないからである。企業の資金需要が弱く、金余り傾向になっていることが、債券市場への資金流入を促して、歴史的な長期金利低下をもたらしている。物価上昇率もじりじりと低下しているのも、家計所得の脆弱性と関係していて、金融政策だけでは物価コントロールがうまくできないことを示している。
それに対して、FRBは真っ向から金融緩和で対処できないでいる。流動性供給を一気に行い過ぎると、原油・ガソリンなどのエネルギー価格が上昇して、家計が購買力を奪われることになる。片方で、家計のバランスシート調整圧力を和らげ、住宅市場を支援するには、可能な限り長期金利を低下させることが不可欠だ。このジレンマは、米経済の脆弱性によってもたらされるもので、FRBの金融緩和だけでは経済健全化に限界があることを物語っている。
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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