
国連の科学者パネルは、地球温暖化と土地利用の変化、そして人とモノの移動の増加といった要因が複雑に絡み合った結果、デング熱やライム病といった疾病が新たな地域へと広がりやすくなり、その傾向は悪化しつつあると指摘する。写真はタンザニア・ザンジバルで、マラリア対策にドローン技術を用いる試みが行われる中、田んぼに設置されたネットにかかる蚊。2019年10月撮影(2023年 ロイター/Baz...
[オリスタノ(イタリア)/ジュッジ(セネガル) 12日 トムソン・ロイター財団] - イタリア、サルディニア島の湿地帯のそばで暮らしているアンナ・リタ・コッコさんは悲嘆に暮れている。高齢の父親が、蚊に刺されて数週間昏睡に陥った末に亡くなったからだ。
「父は元気いっぱいで毎日何マイルも散歩していた。いつかは世を去るとは思っていたけれど、蚊に刺されたくらいであんな状態になって、命を奪われてしまうとは」とコッコさん。亡くなった父ベルナディーノさんは80歳だった。
イタリアについて世界保健機構(WHO)がマラリア根絶宣言を行ったのはようやく1970年になってからだが、マラリアよりも知名度の低い、蚊やダニによって媒介される疾病が増えつつある。
国連の科学者パネルは、地球温暖化と土地利用の変化、そして人とモノの移動の増加といった要因が複雑に絡み合った結果、デング熱やライム病といった疾病が新たな地域へと広がりやすくなり、その傾向は悪化しつつある、と指摘する。
夏の気温が以前より上昇しつつあるサルディニア島でコッコさんの父親の命を奪ったのは、ウエスト(西)ナイルウイルス。蚊に刺されて感染した渡り鳥が、アフリカ西部のセネガルから3200キロ以上を越えてこのウイルスを運んできたことが確認されている。
地中海に浮かぶサルディニア島だけでなく、イタリア北部地域でもこのウイルスがまん延しつつある。洪水や干ばつといった異常気象に悩まされているのも共通項だ。
豊富な水が蚊の繁殖を助ける一方で、干ばつの増加と樹木の減少により渡り鳥の生態系が制限され、個体同士の距離が近くならざるを得ず、複数の疾病が拡大しやすくなっている。
「人々はこの脅威に気づいていないように見える」とコッコさんは言う。
<セネガルにおける生息環境の変化>
疫学者たちは、ウエストナイルウイルスの大陸間移動の背後にある主な要因の1つとして生息環境の変化を指摘している。
1937年にウガンダの西ナイル地方で最初に確認されて以来、この疾病はアフリカ大陸内、そして他の大陸へと広がっていった。1999年にニューヨークで最初の感染拡大が生じて以来、米国だけでも約3000人が犠牲になっている。
セネガル北西部のマカディアマ村には、赤い粘土で造られた住居が建ち並ぶ。女性たちは近隣を流れる川で育つ植物を材料として石けんを作って観光客向けや地元のホテルに販売し、周囲の田で育てたコメを料理している。
ワニや渡り鳥が数多く生息するこの湿地地域では、近年、大きな変化が生じている。とりわけ、輸入米への依存度を抑えようとするセネガル政府の取り組みにより、コメの生産が顕著に拡大した。
海岸近くには、淡水の供給を維持し海水の混入を防ぐためのせきが築かれ、それによって河川の流れが遅くなった。稲作に用いられる肥料により、河川での水草の生育が促進されている。
食糧自給率向上に向けた取り組みにより、コメの生産量は10年間で3倍に増加し、130万トンとなった。だが土地利用の変化はデリケートな湿地の生息環境を混乱させ、たまり水に産卵する蚊にとって有利となった。
村の石けん生産者の1人であるアラメ・ディオプさんは「最近は蚊が非常に増えている」と語る。ディオプさんの家族はすでに蚊帳の中で寝るようになっている。セネガルの風土病であるマラリアを防ぐためだ。
セネガルの首都ダカールにある国立家畜・獣医学研究所に所属する昆虫学者アッサン・グイェ・フォール氏によれば、セネガルの政策は食糧・水を巡る安全保障の向上を目指している。
「だが、1つの問題を解決することが別の問題を生み出している」とフォール氏。それが「蚊(と疾病)の爆発的増加」だという。
<ウイルスは翼に乗って>
ウエストナイルウイルスを長い距離にわたり運ぶのは鳥だ。感染した蚊に刺されることでウイルスを受け取り、渡りのルートに乗って飛び、その先でまた蚊に刺され、その蚊が人間やそれ以外の動物、主にウマに病気を拡散する。
マカディアマ村に近い、国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産のジュッジ国立鳥類保護区では、フラミンゴ、サギ、コウノトリ、猛禽類その他数多くの種の渡り鳥が見られる。
同自然保護区の保護官を務めるイブラヒマ・ヌダオ氏は、ボートをゆっくりと進めながら、土地利用の急激な変化が湿地にどのような提供を与えているかを説明する。あたり一面ではペリカンが急降下しては、ひなたちに与える魚を捕らえている。
「貯水池の周辺では田がかなり拡大している。とはいえ、鳥たちの環境もしっかりと保全していかなければ」とヌダオ保護官は話す。
「生息環境が狭められてしまえば、病気がまん延しやすくなる」とヌダオ保護官は言い、マカディアマ村の女性たちが石けん作りに使う種も含め、川岸の植物の成長が増大していると指摘する。
同保護官は、人間と動物の健康を1つの問題として捉える「ワン・ヘルス方式」の重要性を強調する。
ダカールでは、環境・持続的開発省においてセネガルの国立公園群を管掌しているババカル・ヌゴール・ヨウム氏が、有害な副作用のリスクがあるとしても、食糧増産に向けて「政治的選択」をしなければならない、と話す。
ヨウム氏は、「ウクライナでの戦争が示したように」食糧に関する主権が必要だと言う。ロシアが隣国に侵攻したことで世界の食糧価格が上昇した問題である。
「都市化とともに森林破壊が進む。鳥類のための空間が減ると、疾病のまん延が加速する」とヨウム氏は言う。同氏は以前、ジュッジ保護区における鳥インフルエンザの感染拡大に対応した経験がある。
欧州と同様に、セネガルでも気候変動に伴って進行した砂漠化を通じて天然の生息環境が失われつつあり、他の生物種と人間のコミュニティーとの距離が接近せざるを得なくなっている。
<課題は情報不足>
WHOでは、マラリアやデング熱、ジカ熱、黄熱病、そしてウエストナイル熱といった生物媒介の疾病によるリスクがアフリカで増大しており、人口の約70%に当たる8億人以上が影響を受ける可能性があると見ている。
オーストラリアからベネズエラに至るまで、ウエストナイルウイルスの感染が拡大している国は増えつつある。
ウエストナイル熱は通常のインフルエンザや蚊が媒介する他の疾病と混同されやすく、患者が同ウイルスの検査を受ける例は少ない。
結果として、このウイルスがアフリカに与えた影響はほぼ未解明と言ってよい。また、地元住民の間ではこの疾病への免疫が成立している。そのため情報は乏しく、欧州その他の地域におけるこの疾病の拡大をモデル化することが困難となっている。
ウエストナイル熱は無症状や軽症で済むことが多いが、感染者のうち150人に1人は、髄膜炎など深刻な神経系合併症を発症し、死に至ることさえある。
2022年、欧州12カ国の1335人がウエストナイルウイルスに国内で感染し、それ以外に少数が海外旅行からウイルスを持ち帰ったと報告されている。死亡者は104人。ピークとなった2018年に1500人以上の感染が報告されて以来、最多となる数字だ。
欧州疾病予防管理センターによれば、2022年に欧州で最も大きな被害が出たのはイタリアで、51人が死亡した。ギリシャの33人、ルーマニアの5人がこれに続く。
人々に警戒を促す公衆衛生キャンペーンが進められ、各国当局は鳥や蚊を対象とした検査を強化している。
主な媒介種はイエカと呼ばれる蚊だが、ダカールの昆虫学者フォール氏は、ウエストナイル熱が定着しやすいのは、50種以上もの蚊やダニによって伝播(でんぱ)する可能性があるからだと説明。これに対して、たとえばデング熱の場合は1種ないし2種が媒介するだけだ。
ウエストナイルウイルスに対するワクチンは、ウマ用に開発された1種があるだけで、ヒト用はない。
「ウエストナイル熱の拡大は止めようがない」とフォール氏は言う。「だからこそ、アフリカと欧州の共同研究が必要になる」
「そして、動物の予防も人間の予防も1つの問題として考えるべきだ」
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