
9月11日、日銀は保有する上場投資信託(ETF)の処分に向け、水面下で検討を進めている。写真は2023年9月、都内の日銀本店で撮影(2025年 ロイター/Issei Kato)
[東京 25日] - 米長期金利が一時5%を超えて、日米金利差が一段と広がる展開があった。ドル/円レートは10月3日に台頭した介入への思惑が再び意識され、150円手前で3週間以上も足止めとなっている。
<溜まる円安マグマ>
10月3日頃の米長期金利は4.8%近くだった。それ以降、米長期金利が一時5%台をつけるなど、日米金利差が拡大する場面もあった。
推計式を作って、米長期金利5.0%のときに、ドル/円レートがどのくらいになるのかを試算してみた。すると155円となった。つまり、介入警戒感がなくなれば、為替レートは一気に5円程度の円安に振れる可能性があると言える。潜在的な円安マグマは強いと筆者はみている。
それに対して、介入警戒感がどのくらい効力を持ち続けるのだろうか。現在までの均衡が崩れて、ドル/円が5円以上の円安に大きく振れる可能性は十分にある。
例えば、1)イスラエルの地上侵攻で原油市況が跳ね上がるケース、2)11月17日の米債務上限問題の期日が近づき、再び米議会で調整が紛糾するケース、3)米連邦準備理事会(FRB)がインフレ警戒のアナウンスを強調して、年内追加利上げが強く意識されるケース──などが考えられる。
そもそも、政府の為替介入が一時的なけん制効果をもたらしたとしても、それが持続するわけではない。今後、円安マグマが溜まっていることを見透かされれば、そこに投機的な売買を仕掛けられる可能性もある。
今のところ、150円を超えて円安が一方的に進むという見方は少ない。それでも、今後、多くの人がこの円安マグマに注意を払うようになれば、市場の見方も変化していくだろう。
<日銀は静観するのか>
政府は2022年9─10月の円安時に為替介入を行い、2023年1月にかけて一時、127円付近まで円安修正が進んだ。
このときは、22年12月に黒田東彦総裁の下で日銀が長期金利の上限を0.50%に引き上げている。つまり、介入後に緩和修正が行われたので、円安が修正される効果に持続性があった。
そう考えると、日銀の追加的緩和修正が行われるかどうかが焦点になると言えそうだ。例えば、連続指し値オペの発動を現在の1.00%から1.20%あるいは1.50%へと引き上げる選択肢はありうるだろう。
日銀は、財務省、金融庁と歩調を合わせて、為替レートが円安方向へ過度な変動になることを注視している。岸田文雄政権の物価対策の方針からすれば、何らかの円安対策に動いても全く違和感はない。
そうしたアクションが仮に採られたとすれば、政府の介入に対する後詰めとして日銀がサポートすることもあり得る。日本の長期金利はすでに0.8%台へ移行しているので、1.00%の天井はやや低すぎるような印象もある。早ければ、10月末の決定会合で、そうした修正を行う可能性はある。
政府は、11月に経済対策を打ち出すので、それに歩調を合わせるという格好になるのだろう。
<円安対策なき物価対策>
岸田政権は、物価高の背後に金融緩和があることをどれだけ正確に理解しているのか。国民はその負担感を食料品の高騰からみている。エンゲル係数は、43年間で最高の水準まで上がっている。円安で輸入物価が上がるからエンゲル係数も上昇するのだ。ここは日銀の出番だろう。
政府の物価対策は、「物価上昇を止める対策」ではなく、「物価の痛みを少しだけ緩和する対策」でしかない。経済対策メニューには、円安への影響を考慮する発想はない。
いや、内容はむしろ円安を後押しする作用の方が心配される。電気ガス代、ガソリン等の価格補助をすると、消費量が減らず、価格高騰によって貿易赤字が増える。これは円安圧力だ。
本当は、電気自動車(EV)化を推進し、化石燃料消費を抑えることが継続的な円安対策にもなる。50年前の石油危機の時は、当時の政権が省エネを国民に連呼していた。1973年から10年間で1次エネルギーの消費量は3割低下した。ガソリン車の燃費は1975─1982年に1.44倍も向上した。
現在ならば、脱炭素でエネルギー消費量を推進することが、その代わりになる。すでに政府は、次世代車の販売シェアを2030年に50─70%へ引き上げることを掲げている。
ライドシェアの解禁も、その条件にEV車を前提にすることも取り入れるべきだろう。高速道路割引などよりも、EV化促進を目指す方が未来志向になると思うが、どうしても現状維持的な発想から逃れられていない。
<潜在的な円安>
日本にとって為替レートが円安化していく圧力は、構造的に存在する。原油価格の変動は、私たちにとって完全に受動的だ。その原油価格は、ウクライナ侵攻があって、一時は1バレル=120ドルまで上昇したが、2023年5─6月には70ドル近くまでに落ち着いてきた。
それが一時は90ドル前後まで上がってきた。おそらく、エネルギー関連の輸入増加によって、貿易収支は赤字解消から赤字再拡大へと向かうだろう。こうした変化は、円売り圧力となる。
日本にとっては、円安傾向によって輸入コストが上昇しやすくなっているから、それも貿易赤字を広げやすい構造に「より拍車」をかけることになる。為替レートは、原油高騰が原因になって円安化しやすく、さらに円安が自己実現的に加速するというメカニズムが形成されると言える。
こうした円安圧力に対して、輸出増の反応がより大きく現れていれば、貿易収支が改善することが期待できる。しかし、最近の輸出は増加傾向にはあるが、欧米向けが中心で、中国などアジア向けが弱い。東南アジア諸国連動(ASEAN)などは中国経済が低調なこともあり、それに引きずられる格好で今ひとつ伸びが鈍い。
本来は、円安時に少しタイムラグを伴って輸出数量が伸びていく「Jカーブ効果」が表れてくるのだが、今次局面ではそうした作用は乏しいようだ。日本企業の中で大手製造業は、輸出していた部分を現地生産・現地販売へとシフトさせているために、かつてのように円安だから輸出を伸ばすという図式ではなくなっている。
日本は輸入インフレによって貿易赤字が拡大し、それが円安を促して輸入インフレが加速したとき、どのようにに歯止めをかけられるのか。
その答えは、日銀が政策金利を引き上げて、輸入インフレの動きに歯止めをかけることだ。しばしば輸入インフレによって起こる物価上昇に対して、日銀の出番はないと言われる。こうした見解に対して、筆者は必ずしも正しくないと考える。
輸入インフレは、円安圧力を生じさせるので、その圧力を金融緩和の修正によって減殺できる。この見えにくい円安圧力をそのまま放置しておくと、貿易赤字の拡大を通じて、さらに円安マグマを溜め込んでしまう。
この「見えにくいメカニズム」に気付かないまま、利上げすると景気に甚大な悪影響が発生すると警戒していると、その代わりに円安による物価上昇が起きてしまう。
現在の岸田政権は、金融緩和を現状維持としたまま、物価上昇の痛みを止めたいと考えているのか。それは矛盾していて、どこかの時点で修正に踏み切らざるを得ない。すでに、そうした局面に差し掛かっていると筆者は考えている。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。
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