コラム:シリア前政権の戦争債務、シャラア暫定大統領は返済拒否できるか

コラム:シリア前政権の戦争債務、シャラア暫定大統領は返済拒否できるか
アサド前政権下で「ならず者国家」として数十年にわたり孤立を強いられてきたシリアが、国際経済への復帰を模索している。その中で、前体制が内戦中に抱えた巨額債務の返済は、シャラア暫定大統領(写真)率いる新政権に義務があるのかという問題が浮上している。パリのエリゼ宮で5月7日で撮影(2025年 ロイター/Stephanie Lecocq)
[19日 ロイター] - アサド前政権下で「ならず者国家」として数十年にわたり孤立を強いられてきたシリアが、国際経済への復帰を模索している。その中で、前体制が内戦中に抱えた巨額債務の返済は、シャラア暫定大統領率いる新政権に義務があるのかという問題が浮上している。
トランプ米大統領は13日、このほど政権を掌握したシャラア氏との会談に先立ち、シリアへの制裁解除を発表した。シャラア氏は2024年12月にアサド政権を打倒した反政府武装組織「シャーム解放機構(HTS)」の元指導者だ。
新政権は荒廃した経済の再建に取り組んでいるが、直面している課題のひとつが国家債務だ。アサド前政権は2011年3月の内戦勃発以来、主にロシアとイランから多額の借り入れを行った。
新政権はこの債務を無効だと主張できるのか。借入金は直接的または間接的に、反乱を鎮圧しようとしたアサド政権が使ったものであり、これを打倒して誕生したシャラア暫定政権が返済を拒否することはできるのだろうか。
これは簡単に結論の出る問題ではない。
<政権継承の原則>
国際法の中でもとりわけ厳格とされる原則のひとつが「政府継承」だ。これによれば、政府は前政権の権利と義務の双方を引き継ぐとされており、その政治的性格の違いにかかわらず、前政権が負った債務を履行する義務があると解釈されている。
1917年にロシア皇帝から政権を奪ったボリシェビキも、1986年の「ピープルパワー(民衆の力)」革命でマルコス政権を打倒したコラソン・アキノ氏も、そして2025年にバイデン氏に代わって就任したトランプ米大統領も、前任者の債務を引き継がなければならないとされている。いかに前政権が不適切で腐敗していたとみなされようとも、例外はほとんど存在しない。
この厳格な原則に対して、最も感情的な訴求力を持つとされるのが「不正債務」の論理だ。
たとえ話をしよう。盗癖のある独裁者が、架空の「ルリタニア共和国」の名で借金をし、着服して仏コートダジュールの奥地に逃亡したとする。この場合、その債務を国民が背負わされるのは道義的・法的に妥当なのか、というのが「不正債務」論者の主張だ。
ただ、債務や債務者を「不正」とみなすための明確な基準が存在しないため、この理論は100年以上にわたり法学者の間で議論されてきたにもかかわらず結論には達していない。したがって、シリア新政権がこの理論を根拠にアサド前政権の債務を否定するのは、法的には困難だと考えられる。
<「戦争債務」という例外>
ただし、継承義務の例外とされる債務が一つある。それが「戦争債務」だ。
典型的な例はこのような構図だ。反体制派が現政権と武力衝突する。現政権は借金により弾薬を購入し、反体制派を攻撃するが、反体制派が勝利する。
このような状況において、反体制派が政権を掌握した後も、自分たちの打倒を目的に調達された資金の返済義務を負うべきなのか。
歴史に先例がある。
メキシコ第二帝政時代、皇帝だったハプスブルク家のマクシミリアンは体制維持のため借金を抱えていたが、帝政崩壊後に成立した合衆国政府は1883年に債務返済を拒否した。
英国は1899年に始まった第二次ボーア戦争後、南アフリカ政府が戦争前に負った債務は認めるが、戦争後の債務については責任を負わないと宣言した。
もっと最近の例はカンボジアだ。同国政府は、1974―75年の内戦時に当時のロン・ノル政権が米国から借り入れた資金の返済を拒否。同政権は内戦で反政府武装組織クメール・ルージュに倒された。
このように「戦争債務」は政府継承の原則における数少ない例外の一つとして認識されている。アサド政権が戦闘中に調達した資金については、シャラア暫定政権が返済を免れるための法的余地があるかもしれない。
もっとも、問題は単純ではない。
戦闘開始後に新たに借り入れられた資金と、それ以前に契約されたが戦闘中に返済が猶予されていた旧債務との間に、法的な区別を設けるべきなのかという議論も存在する。いずれも結果的には戦争の資金として機能していたからだ。
いずれにせよ、シリアの債務整理は極めて複雑なものとなるだろう。だが、新政権には国際法上の「切り札」が存在しうることも事実だ。

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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。