コラム:ハト派と決めつけられない日銀=門間一夫氏

コラム:ハト派と決めつけられない日銀=門間一夫氏
  日銀は3月18─19日の金融政策決定会合でマイナス金利を解除した。写真は3月19日、同会合後に記者会見する日銀の植田和男総裁(2024年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
[東京 1日] - 日銀は3月18─19日の金融政策決定会合でマイナス金利を解除した。また、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の撤廃を含め、大規模緩和を全面的に見直した。植田和男日銀総裁は記者会見で、これからは他の中央銀行と同じように普通の金融政策を行うと述べた。「異次元」から「普通」への歴史的転換である。
歴史的転換の割に市場が冷静だったのは、日銀による事前のコミュニケーションが丁寧であったことや、実態として政策の連続性が保たれたことによる。そして何より、日銀は今後の利上げについて慎重な姿勢を見せた。
少なくとも一見ハト派的な日銀のメッセージにより、市場は利上げの織り込みをあまり進めていない。年内は10月ごろ1回利上げする程度にとどまる、との見方が多い印象である。
<なくなった緩和継続の約束>
確かに、2%インフレの持続性には今もなお相応の不確実性がある。日銀はマイナス金利の解除に当たり、賃金と物価の好循環を確認したと言っているが、その根拠ははっきりしない。春季労使交渉はここまで「文句なし」の数字だが、「賃金から物価」という方向の波及はまだ確認できていない。中長期の予想物価上昇率も2%に定着したとは言えず、その点は植田総裁も認めている。
それでも、日銀が今後長くハト派であり続けると決めつけるのは危険である。日銀の政策公表文を読むと「現時点の経済物価見通しを前提にすれば、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている」と書いてある。
これは、見通しが変われば政策も変わるという意味でもある。緩和も継続すると「考えている」だけであって、緩和を続けると「約束」してはいない。「当面」というのも案外短いかもしれない。
このように、緩和を巡るコミットメントやフォワードガイダンスは政策公表文から全て消えており、日銀は完全にデータ次第の中央銀行になった。3月19日に起きた最大の変化はそこである。経済物価見通しの変更、見通しの確度の強まり、リスクバランスの上向きの変化などは、全て利上げの理由になる。今後は毎回、ライブ会合と言っても過言ではない。
<7月利上げ、6月QTはある>
今月末に予定される次回会合での利上げはさすがにないだろう。「賃金から物価」という最後の連鎖に、日銀もまだ自信を持てていない。マイナス金利解除後の追加情報としては2月の消費者物価指数(CPI)があるが、サービス価格の上昇は一部の品目に偏ったままであり、賃金上昇を反映した幅広い価格上昇にはなっていない。
今月末の会合では、短観や支店長会議での情報などをもとに幅広く経済情勢を点検できるので、展望リポートや記者会見のトーンには注目したい。しかし、肝心のCPIはあと1回分しか追加されないので、「賃金から物価」のエビデンスはそろわないだろう。
それでも7月会合あたりまで展望すれば可能性の幅は大きく広がる。新年度に入れば、賃上げ交渉の結果が実際の賃金に反映されていき、それを機にサービス価格の改定も進む可能性がある。4月から6月ごろまでのCPIでそうした動きが確認されれば、7月末の利上げは十分にある。
大幅な賃上げに加えてサービス価格も広く上がってくれば、政府もデフレ脱却宣言をためらい続ける理由がなくなる。デフレ脱却を経済政策の手柄にし、かつ日銀の利上げをサポートして円安に歯止めをかける方が、政権にとってプラスという判断もありうる。
この間、日銀が国債買い入れを縮小するいわゆる量的引き締め(QT)については、利上げの有無とは関係なく早期に実施されると予想する。植田総裁は3月の記者会見で、金融政策の主たる手段は短期金利の操作だと述べた。したがってQTは、金融引き締めとしてではなく、国債買い入れの副作用を和らげる観点から検討されるだろう。
そこで注目されるのが、昨年春から行われている「多角的レビュー」である。このレビューは、様々な金融政策手段の効果や副作用の検証が目的の一つとされている。
レビューの一環として、日銀は昨年11月に債券市場サーベイの特別調査を実施した。そこでは、マイナス金利、YCC、日銀の国債大量保有の3つが、国債市場の機能を損ねた原因として確認されている。このうち前2者は解除されたが、日銀の国債大量保有という問題はなお残っている。
レビュー関連のイベントが5月末まで組まれているので、レビューの結果公表はそれ以降になる。最速の場合、6月上旬にレビュー結果公表、それを踏まえて6月中旬の金融政策決定会合でQTを決定、というタイムラインも考えられる。
<日銀のFEⅮ化はあるか>
さて、予想を大きく上回る賃上げが今後の物価に反映されていった場合、7月、10月と2回の利上げで本年末の政策金利が0.5%というあたりまでは、普通にありうるシナリオである。その上で、テールリスクとして頭の体操をしておいた方がよいのは、来年も利上げが継続、場合によっては加速していくシナリオである。
2022─23年に米国や欧州で進んだ利上げは、当初誰も想定しなかったスピードで進んだ。当時はコロナ禍の余波やウクライナ戦争の影響が大きく、現状を同列に論じることはできない。それでも、今の日本には米欧のケースと似ている部分がある。
第1に、出発点の金利水準が非常に低い。今後、仮に2%物価目標が安定的・持続的に実現され、そこへたまたま原材料高などのインフレショックが再び到来したら、日銀は一気に大幅な利上げ遅れ(ビハインド・ザ・カーブ)の状態に陥る。そうなるとその後は、利上げペースを必死に上げていかざるをえない。
米欧でインフレが高まり始めた当初、「持続性に乏しいので様子を見るのが適当」と中央銀行は判断した。そのため、金利がほぼゼロという低さだったにもかかわらず、それがしばらく放置され、あとから急速な利上げを余儀なくされた。
日銀も、マイナスではなくなっただけで今も歴史的な超低金利なのに、2%インフレの持続性が盤石ではないという理由で慎重な姿勢を維持している。低金利なのに物価上昇の持続性を見極めるまで待つという姿勢は、2年前の米欧と似ている。
第2に、最近の米国経済を見ていると、利上げがインフレ抑制に本当に効くのかという疑問をぬぐうことができない。米国のインフレがひところより収まってきたのは、供給制約が正常化してきたからであって、「利上げによる経済の減速」というルートはあまり働いていないように見える。
利上げが効かない理由は一つではないかもしれないが、少なくとも政府債務の肥大化は重要な理由だと考えられる。米国の場合、2022年からの利上げで利払いが最も増えたのは政府であり、企業は手元資金の運用利回りが上昇し、利上げでむしろ増益というケースも多い。そうだとすると、政府が主体的に財政引き締めに動かない限り、中央銀行の利上げだけで総需要を抑えるのは難しい。
日本の政府債務は米国以上である。その日本は人手不足が深刻化しつつあり、その面からの賃金・物価上昇圧力は持続する可能性が出てきた。「借金が多いのは企業ではなく政府」という資金循環構造で日銀がインフレと戦うことになれば、日銀史上初めての「未知の体験」になる。
日銀が本格的に利上げに取りかかってみたら、そこで初めて利上げは効かないという現実が明らかになるかもしれない。効きが悪い分さらに利上げを続けざるをえなくなり、ターミナルレートは驚くほど高くなる可能性がある。テールリスクではあるが頭に入れておきたい。
編集:田巻一彦
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラム向けに執筆されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*門間一夫氏は、みずほリサーチ&テクノロジーズのエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年に日銀を退職し、みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト。21年4月から現職。
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門間一夫氏は、みずほ総合研究所(みずほ銀行内の組織)のエグゼクティブエコノミスト。1981年に東京大学経済学部を卒業後、日本銀行に入行。86年に米ウォートンビジネススクール留学。調査統計局長、企画局長を経て、12年に日銀理事(13年3月まで金融政策担当、以降、国際担当)を歴任。16年5月に日銀を退職し、同6月から現職。