コラム:ドル円の変動率上昇には要警戒 3つの火種抱え=尾河眞樹氏

コラム:ドル円の変動率上昇には要警戒 3つの火種抱え=尾河眞樹氏
来年に入ると米国景気は利上げの累積効果から減速するとみており、ドル円は反落すると予想している。とはいえ、どのようなトレンド線を描くかまでは、正直なところ予測し難い。尾河眞樹氏のコラム。写真は2013年4月、東京都内で撮影(2023年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 31日] - これまで150円ちょうどで上値を抑えられていたドル円は、10月26日にその壁を上抜けた。もともとその水準にさほど意味があったわけではない。既に昨年10月に151円95銭まで上昇したうえ、今年10月3日にも150円03銭の高値を付けている。
ただ、鈴木財務大臣や神田財務官による円安けん制発言が続くなかで、「150円ちょうどを明確に上抜けたら円買い介入が入るのではないか」といった介入警戒感が高まりやすかったこと、また、こうした大台にはオプションのストライクなども含めて様々な注文(オーダー)が集まりやすく、これらが壁を作っていた可能性が高い。
<ドル円の変動率、今後上昇へ>
しかし、壁を上抜けた割には、ドル円の上昇に過熱感はない。もし今後さらに上昇が続き、昨年高値の151円95銭をも上抜けた場合、冷静にテクニカルポイントだけ見てみると、1990年6月25日高値の155円87銭、同年4月17日の160円20銭といった水準まで、明確な抵抗線(レジスタンス)は見当たらない。
果たして来年にかけて、ドル円は昨年の高値を超えてこれらの水準を試すのか、あるいは下落に転じるのだろうか。結論から言えば、来年に入ると米国景気は利上げの累積効果から減速するとみており、ドル円は反落すると予想している。とはいえ、どのようなトレンド線を描くかまでは、正直なところ予測し難い。ドル円が上昇、下落、いずれの方向にも大きく変動し得る不確定要素があまりにも多いためだ。現段階で言えることは、ドル円相場のボラティリティー(変動率)は今後上昇していく公算が大きいということだ。
<15%超え、過去10年で4回>
まずはドル円の1カ月物ボラティリティーを見てみよう。過去10年で見ると、ドル円のボラティリティーが15%を超えて大きく上昇した局面は4回あった。
1回目は、2013年3月に就任した黒田東彦日銀総裁の下で行われた異次元緩和による円安局面だ。ドル円は年初の86円台から半年ほどで約20%上昇。ボラティリティーも年初の9%台から6月には17%付近まで上昇した。
2度目は2016年だが、同年は6月のBrexitショックと、夏場には米大統領選でトランプ候補の支持率がクリントン候補の支持率を上回るなど混戦の様相を呈したことから、ドル円が年初の120円台から6月には100円を割り込む展開となるなかで、ボラティリティーは15%台まで上昇した。
3度目はコロナショックの2020年3月だ。この時はドル円が1カ月間で111円台→101円台→111円台と激しく変動し、ボラティリティーも16%台まで上昇。
直近は、2022年10月の151円台後半を付けた局面で、ボラティリティーは同じく16%台まで上昇した。
しかし、今年は年初来でドル円が約18%も上昇したにもかかわらず、足元のボラティリティーは8%程度と、10%を割り込んでいる。もちろん、もう一段ボラティリティーが低下する可能性もないとは言えないが、いくつかの波乱要因を踏まえれば、今後は上昇する可能性のほうが高いように思われる。筆者が注目している主な火種は、以下の3点だ。
<米長期金利、一段の上昇リスク>
第1に、米長期金利の更なる上昇リスクが挙げられよう。
10月23日、米10年債利回りは5%台に乗せた。主な要因としては、米国経済の想定外の強さが続いていることが挙げられるが、9月以降は、期待政策金利は4.5%付近で変わらなかったにもかかわらず、米長期金利は上昇した。これは、タームプレミアムが上昇したことが背景にある。タームプレミアムとは、残存期間の長い債券に対して、価格変動や流動性リスクが高まる分、投資家が求める「上乗せ金利」のことである。
米10年債のタームプレミアムは9月27日、約2年半ぶりにプラスに転じた。折しも米下院で歳出法案がまとまらなかったタイミングで、いったんはつなぎ予算で凌いだものの、仮に政府のシャットダウンとなれば、米国債格下げのリスクも高まっていた。その後マッカーシー下院議長が解任され、米下院議長が3週間も不在という前代未聞の混乱を来したなかで、タームプレミアムはさらに上昇。10月25日にジョンソン氏が下院議長に選出されたが、トランプ前大統領に近い同議長がうまく下院を取りまとめられるかは未知数だ。
今後民主党と協議し、つなぎ予算が期限を迎える11月17日までに、政府の歳出法案が議会を通過するかが喫緊の課題となる。そもそも米財政は悪化が目立っており、今月20日の財務省の公表によれば、2023年度の財政収支は、1兆6950億ドルの赤字と、前年度比で23%悪化したという。こうした環境下でタームプレミアムは0.4%と高止まりしているが、今後仮に米国債の格下げリスクが高まるような場合には、米金利はさらに上昇するだろう。
日米金利差の観点からすればドル高だが、この場合、「悪い金利上昇」となり、必ずしもドル高にならない可能性もある。むしろ米国債やドルへの信認が損なわれれば、金利は上昇しても、為替の反応としてはドルが急落するリスクもはらむ。
<米大統領選、トランプ氏返り咲きシナリオ>
第2に、来年の米大統領選も波乱要因の1つと言えよう。調査会社ファイブサーティーエイトによる世論調査では、10月28日時点では共和党の候補者の中で、トランプ前大統領の支持率が56.9%と、2位のデサンティス候補の14.1%を大きく引き離している。仮に同氏の返り咲きが実現するようなら、ウクライナ情勢、中東情勢に対する米国の対応方針にも大きな変化が生じる可能性があるうえ、米中摩擦が再び激化するリスクもくすぶる。
米メディアの報道によれば先月15日にトランプ氏は、「米政策金利が高すぎる」と述べ、米連邦準備理事会(FRB)を批判したという。2019年に当時大統領だった同氏がパウエル議長に対し、「金利が高すぎる」と圧力をかけたのは記憶に新しい。そもそも同氏は起訴されており今後の裁判の行方次第ではあるものの、トランプ氏が来年共和党の代表選で勝利する展開となれば、ドル円のボラティリティーも高まる公算は大きい。
<中東情勢、原油急騰による米経済への衝撃>
第3に、10月以降急激に悪化した中東情勢だ。今後さらに深刻化した場合には原油価格の急騰を招く可能性がある。イランのアブドラヒアン外相は10月26日、「イスラエルとハマスの戦争がより広範な紛争に発展した場合、米国も影響は避けられない」と警告。今後、この衝突がさらに広がり、イランと米国の対立を深めた場合には、イランがこれまでも度々示唆してきた「ホルムズ海峡封鎖」に踏み切るリスクが懸念される。
原油高はコストプッシュインフレにつながり、FRBの利上げ観測から長期金利の上昇につながるとの見方もある一方で、供給制約による原油価格の急騰は米国経済にとってマイナスとなり、むしろ米長期金利の低下につながるかもしれない。
これも、ドル相場にとっては不確定要素となり、ドル円のボラティリティーを高める公算が大きい。なお、これまでボラティリティーが低く推移してきたことが、低リスクでドルと円の金利差を狙った取引を可能にしたため、いわゆる「円キャリー取引」の活発化につながったことを踏まえれば、ボラティリティーの急騰は円キャリ―取引の巻き戻しを促し、どちらかといえば円高圧力がかりやすくなる可能性がある点には警戒しておきたい。
<嵐の前の静けさ>
米国では10月の景況感も概ね良好な結果となるなど、足元の経済は堅調さを維持している。景気悪化が著しいユーロ圏や、依然として金融緩和を維持する日本と比べれば、相対的にドルが強いのも頷けるが、景気格差や金利差だけで動くわけではないのが為替相場だ。地政学リスクをはじめとする様々な環境変化を踏まえれば、足元のボラティリティーの低下は、嵐の前の静けさかもしれない。
(編集 橋本浩)
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルグループの執行役員兼金融市場調査部長、チーフアナリスト。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析を担当。著書に「〈最新版〉本当にわかる為替相場」、「ビジネスパーソンなら知っておきたい仮想通貨の本当のところ」などがある。
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