エルサレムのキリストの墓はローマ時代のもの、歴史の記録と一致

ロイター編集
エルサレムのキリストの墓はローマ時代のもの、歴史の記録と一致
 11月30日、エルサレム旧市街のキリストの墓の上に建てられたとされる聖墳墓教会の下にある墓所が、初めてキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス時代のものであることが、科学的に特定された。写真はアントニア・モロポロー教授(2017年 ロイター/Costas Baltas)
[アテネ 30日 ロイター] - エルサレム旧市街のキリストの墓の上に建てられたとされる聖墳墓教会の下にある墓所が、初めてキリスト教に改宗したローマ皇帝コンスタンティヌス時代のものであることが、科学的に特定された。
歴史上の記録によると、この墓はコンスタンティヌス帝が紀元325─326年に所在を確認。(上に建てられていた神殿は)1009年に破壊され、12世紀以降、ビザンティン帝国や十字軍などが修復を繰り返していた。
今年3月、アテネ国立技術大学のチームが中心となって完了した修復で、教会中心部の下にある大理石の板がコンスタンティヌス時代のものと特定された。同チームは、墓を包むように建てられている教会内部のエディクラと呼ばれる部分を修復。その際、キリストが埋葬され、3日後に復活したとされる埋葬室を覆う大理石の板を撤去したところ、その下にもう1枚、十字架が刻まれた大理石の板が割れた状態で発見された。
今回、この板と埋葬室の間をつなげていた漆喰を化学分析した結果、紀元335─345年ごろのものと判明した。
修復を率いたアントニア・モロポロー教授はロイターに「具体的な結果を踏まえ、われわれは、キリストの墓の岩盤に接続された大理石の板がコンスタンティヌス時代のものと結論付けた」と述べた。 
*誤字を修正して再送しました。

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