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コラム:神通力失う円買い介入、その構造的理由を探る=植野大作氏

[東京 17日] - ドル高・円安の奔流が止まらない。10月14日には一時148円86銭と1990年8月以来、約32年2カ月ぶりの高値圏まで急伸する場面があった。8月2日に記録した直近安値の130円41銭から、約10週間で18円45銭、14.1%もの急騰だ。

10月17日、ドル高・円安の奔流が止まらない。写真は日本円紙幣と日本の国旗のイメージ。6月撮影(2022年 ロイター/Florence Lo)

<介入の賞味期限、3週間弱に>

この間、9月22日に日本の財務省は24年ぶりのドル売り・円買い介入を実施。日本の国防支出の半年分を超える2.8兆円もの外貨準備を取り崩して145円台から140円台まで、5円を超える円高ショックを与えたが、円安抑止の効果は3週間も続かなかった。

今後もしばらくの間、ドル/円相場は下値が堅く、上値が軽くなりやすい地合いが続きそうだ。財務省が24年ぶりに始めたドル売り・円買い介入で円安の流れを完璧に止めたり、円高方向に押し戻したりするのは多分無理だ。以下、理由を3つ挙げておきたい。

<世界で唯一のマイナス金利>

第1に、米国をはじめとする先進諸国がインフレ退治のための利上げを進めている中、日本だけが異例の低金利政策を続けている。現在、短期政策金利をマイナス圏に水没させているのは世界で唯一日銀だけで、長期金利に0.25%の天井制限を課しているのも日銀だけだ。

このため、円は世界で最も借りてきて空売りするのが楽な通貨になっている。逆に買って持っていてもほとんど利息を稼げない通貨なので、値段が下がっても買い手が現れにくく、値上がりしたらもっと買う気が失せる通貨になっている。

日銀が異例の金融緩和を続けて円安圧力を発生させる一方で、財務省が円買い介入を実施するのは「アクセルとブレーキを一緒に踏んでいる」ようなものだ。日銀緩和との整合性が取れていないチグハグ介入に強力な効果を期待するのは無理だろう。

<市場規模の拡大>

第2に、ドル高・円安を阻止するドル売り介入は、元手になる外貨準備が払底するとできなくなる。したがって外貨準備を取り崩すドル売り・円買い介入を何度もやって効きの甘さが露呈すると、限界を見透かされ「今度はどこまで円安が進んだら介入が出てくるのだろうか」という市場の好奇心を刺激して、逆に介入催促の「肝試し相場」を助長しかねない。

ちなみに財務省が所管する日本の外貨準備は介入を始める前の8月末時点で約1.3兆ドルだった。一方、国際決済銀行が3年ごとに行う為替市場調査の結果をみると、ドル/円市場の1日当りの出来高は3年前の2019年でも8700億ドルを超えていた。

今年まもなく公表される最新の2022年調査では、ドル/円の1日あたりの出来高は1兆ドル前後に増えている可能性が高い。日本の外貨準備1.3兆ドル程度の「見せ金効果」で市場の円安期待を完封するのは恐らく困難だ。

実際、日本の財務省が1997年11月から1998年6月にかけて円買い介入を繰り返していた当時も、円安の進行を止めることはできなかった。当時と比べて現在のドル/円市場の規模は3倍程度になっているとみられ、人為的な為替介入による価格操作はもっと「無理な時代」になっていると思われる。

<孤独な介入>

第3に、日本の財務省が先月再開した為替介入は、米国の財務省による協調行動を伴わない単独介入だった。鈴木俊一財務相がドル売り・円買い介入の実施を告知した当日の夜、米国の財務省は過度の為替変動を抑えるのが目的だという日本の説明に「理解」は示したものの、「協調」の可能性については明確に否定していた。

現在、米国は高過ぎるインフレの抑制を政策の最優先課題に掲げて金融引き締めを強化、結果として生じるドル高による輸入物価の抑制はむしろ歓迎されている。世界中で多くの国々が「強過ぎるドル」がもたらす自国通貨安に困惑していることについて理解は示すが、他国に同情してドル安誘導に転じてくれそうな気配はない。

米国の為替政策の責任者であるイエレン財務長官は就任前に行った公聴会で「市場が決める為替レート」を尊重すると明言していた。人為的な為替操作の実施について、元々前向きではない人物だ。

今後、日本がドル売り・円買い介入を続ける場合でも、米国の協力は得られない可能性が高い。自国通貨であるドルを無限に売る能力がある米国が協調介入に応じてくれない状況で、日本の当局が孤独な自国通貨防衛戦を続けても、所期の効果は得られないだろう。

古今東西、自国通貨安防御の戦いを強いられた他国の事例をみても、1990年代初期に英国やイタリアが欧州為替レート制度(ERM)からの離脱に追い込まれた欧州通貨危機や1990年代末期に勃発したアジア通貨危機などの局面では、当該国の通貨当局以外に積極的かつ安定的な自国通貨の買い手がいなくなっていることが多い。

<次の介入後の展開>

これまで本コラムで何度も主張してきたように、最近の日本円は「世界で唯一マイナス金利政策を採用している貿易赤字国の通貨」という残念な状態にある。「短期的にみてあまりにも一方的に売られ過ぎた」という理由で一時的に買い戻されることはあっても、円高トレンドへの転換に不可欠な「上値を追いかけて買い続ける需給の担い手」を探すのは難しい。

前回の円買い介入は24年ぶりの実施がサプライズだったので、2.8兆円で5円超の円高ショックが走った。だが、その効果が3週間で切れたことを皆が知ってしまった。鈴木財務相は今後も必要ならば「断固たる措置」をとると発言しているため、今後一段の円安が進んだ場合には再び円買い介入が実施されるかもしれない。

ただ、次に同じ金額で円買い介入を行っても、今度は5円も円高に振れないだろう。効果の甘い介入を繰り返すほど、介入への信頼は損なわれ、神通力は薄れていく可能性が高い。

<150円突破後の情勢>

総じてこの秋24年ぶりに再開された日本のドル売り・円買い介入は、多種多様、無数の市場参加者が自由な発想に基づいて天文学的な金額の為替売買注文を毎日絶え間なく持ち込んでいる外国為替のマーケットにおいて、「神の見えざる手」が決めている為替レートを人為的に操作しようとする人間の試みのむなしさを改めて認識させている。

多くの市場関係者がテクニカル的にみて非常に重要なレジスタンスになるとみていた「24年前の高値=147円66銭」の壁が突き破られてしまった現在、心理的にみて次の重要な節目となる150円00銭も抜けてしまうと、次の上値めどは32年前に記録した160円20銭まで見当たらなくなる。

年初には全く予想できなかった勢いでドル高・円安が進む中、いったいどこまで行ったら止まるのか、恐怖感すら覚える今日この頃だ。だが、「市場が決める為替レート」を市場が間違えることだけは断じてあり得ない。

今後のドル/円相場を展望するに際し、日本政府の為替介入によって生じる短期的なノイズにはとらわれず、市場重視の目線で円安トレンドの終着点を見極める姿勢を維持しておきたい。

編集:田巻一彦

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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