3月27日、三井住友銀行のヘッド・オブ・リサーチ、山口曜一郎氏は、貿易開放度が低く、失業率が高止まりしているフランスでは国民がEUやユーロの経済的恩恵を実感しにくく、そうした意識が大統領選におけるルペン国民戦線党首の人気につながっている可能性があると指摘。提供写真(2017年 ロイター)
山口曜一郎 三井住友銀行 ヘッド・オブ・リサーチ
[東京 27日] - ここ最近の欧州政治情勢に関して、市場では懸念がいくぶん後退している雰囲気がある。理由の1つは、15日に行われたオランダ議会選挙で、極右・自由党(PVV)が思ったよりも議席を伸ばせなかった一方、連立与党の1つである自由民主党(VVD)が、議席を減らしながらも第一党の地位を維持したためだ。
もう1つの理由は、20日のフランス大統領選テレビ討論会後の世論調査で、最も説得力のある候補はマクロン氏だったとの結果が発表されたからだ。これらを受けて、ユーロが対ドルで1.06ドル台から1.08ドル台まで上昇するなど、市場ではフランス大統領選に対する懸念がいくらか後退している。
しかし、フランス大統領選において極右政党・国民戦線(FN)のルペン党首が支持率を伸ばしている背景を考えれば、状況はまだ楽観視できない。今年の欧州は選挙イヤーということで、どうしても各候補の政治的主張や世論調査動向に目が向きやすいが、ここで改めてエコノミストらしく、経済を切り口に今後のポイントを論じてみたい。
<フランスの貿易開放度、実は欧州主要国で下から2番目>
ルペン氏に対する高い支持率の背景には、フランス国民の現在の生活や経済環境への不満が存在していると考える。
もちろん、過激派組織による攻撃に対する恐怖や、移民への心情的・社会的不安が大きな影響を与えていることは確かだが、ユーロ圏に属していること、あるいは欧州連合(EU)に加盟していることの恩恵を享受できていない人が数多く存在しており、それらの不満が反EU、反エスタブリッシュメントに向かっているとみられる。
おそらく、移民の存在が自分たちの生活を阻害しているとか、自分たちの生活が良くならないのは現在の政権のせいだと感じるくらい、景気拡大への実感がない点に問題の一因がある。そう考えると、以下の3つの背景要因を指摘できそうだ。
1)フランスは相対的に内需主導の国であり、オランダのような貿易立国と比べるとユーロ圏とEUの恩恵を受けている実感に乏しい
2)人々の景況感に直結するのは雇用情勢だが、失業率は高止まったままで、低下ペースが鈍い
3)恩恵を感じる機会が少ないためか、人々のEUに対する意識は他国と比べて低い
まず1点目から説明しよう。EUという経済同盟を形成し、ユーロという共通通貨を導入している恩恵は、経済における効率的な資源配分という点で見ると、貿易開放度の低い国よりも高い国の方が大きい。
そこで、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、オランダ、ベルギー、オーストリア、アイルランド、フィンランド、ポルトガル、ギリシャの11カ国について、貿易開放度を測る物差しとして、名目国内総生産(GDP)に対する財の輸出入合計額の比率を計算・比較してみると、フランスは実は下から2番目だ(最下位はギリシャ)。
対照的に、オランダは貿易開放度が高く、ベルギーに次いで上から2番目だ。オランダで、国民の一部に反移民、反EUの動きがあっても、それが大きなうねりとならなかったのは、同国にとってユーロ圏とEUの存在が重要と考える国民が多くを占めていたためと考えられる。
<フランス国民の多くにEUが魅力的に思えない理由>
次に失業率について見てみよう。2010―16年のフランスのGDP成長率は平均プラス1.14%とユーロ圏全体の同1.04%を上回っているが、国民が景気拡大を実感する1つのバロメーターである雇用情勢はさえない状況が続いている。
失業率は、足元で若干改善の動きが見られるものの、2016年は10.0%という高い水準にとどまった。ドイツの失業率が4.2%まで低下していること、ユーロ危機で一時14.7%まで上昇したアイルランドの失業率が7.9%まで下げてきていることなどと比べると、フランスの労働市場の改善は鈍い。
加えて、世界銀行が発表しているジニ係数で所得格差の動きを見ると、フランスは、オランダ、ベルギー、ドイツなどよりも所得格差が大きく、これも人々の不満を高めている可能性がある。フランスの方がオランダよりも国民の満足度は低そうであり、足元で国民の1割に達したと言われている移民に不満の矛先が向かうのもうなずける。
こうした環境に置かれているフランス国民にとって、EUは必ずしも魅力的に見えない。これが、前述した、ルペン氏が支持率を伸ばしている3つ目の背景要因だ。
2016年秋に実施されたEUの世論調査(Eurobarometer)にある3つの質問「EUのイメージ」「自分の声はEUに反映されている」「EUの将来」に対する回答を用いて、EU28カ国の国民のEUに対する意識を調べてみた。
各回答における「ポジティブ、同意、楽観」の符号をプラスに、「ネガティブ、不同意、悲観」の符号をマイナスにして足し合わせ、その合計を比較することで、各国民がEUに対してポジティブかネガティブかをつかもうとしたものだが、これによると、最もポジティブなのはアイルランド、最もネガティブなのはギリシャとなる。
フランスは下から6番目であり、EU離脱を決めた英国よりも1つ順位が上なだけだ。一方、オランダはネット・ポジティブで、上から14番目とほぼ真ん中に位置する。
このように見ると、オランダ総選挙で与党の自由民主党が何とか踏みとどまったのは、もちろん各種報道にあるように、最近の自由党がやや右寄りの姿勢を見せていたこと、トルコとの外交衝突で強い姿勢を示したことなどが大きな理由ではあるが、オランダ国民のユーロ圏とEUに対する不満は必ずしも非常に強いわけではなく、国民が一定の恩恵を感じていることが背景にあったと思われる。
翻ってフランスについて考えると、この点は弱い。最近の世論調査では、ルペン氏の支持が低下し、マクロン氏の支持が上昇しているとの評価が聞かれるが、決選投票での支持率がマクロン氏60%前後、ルペン氏40%前後というのは2カ月前と比べてほとんど変わっていない。フランスのメディアやアナリストからは、決選投票の世論調査でこれだけの差があればマクロン氏が勝つだろうとの声が聞かれるが、英国民投票や米大統領選を教訓にすると、安心できるほどの差ではない。
もちろん、フランスもオランダに続いて、内向き志向や反エスタブリッシュメントの流れに歯止めをかける可能性は十分あるが、予断を持たずに情勢を見ていくことが必要だ。ユーロドル相場についても、この先、フランス大統領選までに再び売りを試す局面があると考える。
<経済的切り口で見て危険なのはイタリア>
最後にもう1点加えておきたい。フランス大統領選のあとには、9月にドイツ連邦議会選が控えており、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)がシュルツ元欧州議会議長を擁する社会民主党(SPD)に勝つことができるかが注目される。
メルケル首相が退くようだとユーロ圏とEUの求心力が弱まるのではないかという点は、現在のようにEU体制に脆弱性が見られる中では大いに心配だが、両党とも親EUであり、反EU、反エスタブリッシュメントという点では、大きなうねりに巻き込まれる懸念は小さい。経済を切り口に見ても、人々の生活に対する不満が爆発する水準にはないと言える。
実は、今回の切り口で見るとより危険なのはイタリアだ。輸出主導のイメージがある同国だが、貿易開放度は辛うじてフランスを上回る程度であり、2016年の失業率は11.7%とフランスを上回る。ジニ係数で見た所得格差もフランスより大きい。
そして、EUへの意識は、ギリシャ、キプロスに次いで、28カ国中で下から3番目だ。与党・民主党(PD)の分裂懸念、ポピュリスト政党・五つ星運動が第一党となる可能性などイタリアでは政治情勢が非常に不透明だが、経済的な背景から見ても同国は危険な状態にある。
民主党の党内混乱もあって、総選挙のタイミングは2018年にずれ込みそうだが、これは選挙イヤーである2017年を乗り越えても安心できない政治イベントが続くことを意味する。
*山口曜一郎氏は、三井住友銀行市場営業統括部副部長で、ヘッド・オブ・リサーチ。1992年慶應義塾大学経済学部卒業後、同行入行。法人営業、資本市場業務、為替セールスディーラーを経て、エコノミストとして2001―04年にニューヨーク、04―13年ロンドンに駐在。ロンドン大学修士課程(金融学)修了。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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