
米マサチューセッツ州ボストンの街灯に掲げられた米国と中国の国旗。2021年11月撮影。REUTERS/Brian Snyder
[香港 4日 ロイター Breakingviews] - 「貿易戦争は好ましく、簡単に勝利できる」――。2018年3月、米大統領だったドナルド・トランプ氏はこう発言し、数カ月後には現代でも屈指の規模となる貿易戦争を実際に開始した。
その後、米中両国の報復合戦が続いた結果、トランプ氏の主張の正しさはほとんど裏付けを得られなかった。なぜなら今年6月時点で、中国の対米貿易黒字額は過去最高の990億ドル(約14兆3500億円)に膨らんでいるからだ。
しかし11月の大統領選共和党候補となったトランプ氏は、当選すれば幅広い中国製品に適用する実効関税率を10%から60%に引き上げると示唆。足元でトランプ氏は、民主党候補のハリス副大統領と接戦を演じているだけに、中国政府は「第2次米中貿易戦争」が起きる可能性がかなりあるという事態に直面している。
「第1次米中貿易戦争」が何らかの指針になるとすれば、中国の指導者は恐らく、トランプ氏の追加関税発動を止めることはできない。トランプ氏は昨年の米国の対中貿易赤字が2800億ドルに達したことに不快感を持ち続けている。ただ中国政府は過去6年間の教訓を踏まえ、年間約5000億ドルに上る対米輸出に加えられる新たな攻撃の影響を和らげ、トランプ氏の第1期政権下で定着した経済のデカップリングにブレーキをかけるための作戦を展開することは可能だ。
<最大の教訓>
第1次貿易戦争では、中国側の政治的な働きかけや交渉が、米国による最も厳しい追加関税措置の幾つかの実行を遅らせる上で役に立った。また中国は、人民元安/ドル高を容認して輸出への逆風を抑え、ベトナムやメキシコなどの迂回ルートで電子製品や衣料品を米国に出荷して最大25%になった追加関税をすり抜けた。
それから約1年半はさまざまな曲折があり、米政府が中国を為替操作国に指定した後で撤回する局面も見られたが、20年1月には両国が「第1段階」の合意に達して関税引き上げ合戦に終止符が打たれた。
この第1次貿易戦争で得られた最大の教訓は、いったん関税が発動されれば、二度と撤廃されないということだろう。両国の合意はそれ以上の関税引き上げを防いだが、習近平国家主席が向こう2年で米国の農産物2000億ドル相当を追加購入すると約束したにもかかわらず、既に米国が導入した措置の撤回に向けた明確な道筋は提示されなかった。
21年以降、バイデン大統領は中国向けの追加関税や輸出規制を拡大している。一方、ハリス氏が当選した場合、同じ路線を歩むかどうかは分からない。トランプ氏の追加関税発動が「こけおどし」の可能性もあるだろう。
<直接的な影響>
結局のところ、第1次貿易戦争がもたらした直接的な影響はそれほど重大ではない。米商務省国勢調査局によると、米国の輸入品に占める中国製品の比率は18年以降で8ポイント低下した。だが国際通貨基金(IMF)のデータからは、同じ期間に世界全体の輸出における中国の比率は1.5ポイント上昇していることが分かる。さらにピーターソン国際経済研究所の分析では、中国は約束した米国製品・サービスの追加購入を事実上実行していない。
トランプ氏にとって唯一の実体がある勝利は、19年から21年までで中国の農産物輸入における米国の比率が10%から19%に高まったことだ。これは中国で養豚業界が「アフリカ豚熱」の打撃から回復し、飼料用穀物需要が増大したことが背景にあった。ただロシアのウクライナ侵攻を受け、中国が食糧安全保障の面から農産物調達の多角化を図り、ブラジルから大豆やトウモロコシの輸入に動くと、米国のシェアは昨年15%に低下してしまった。
一方、中国が持つ製造業分野の強みは、依然としてテスラ(TSLA.O)やアップル(AAPL.O)といった米有力企業にとっては重要な意味を持つ。アップルは昨年、世界スマートフォン生産のおよそ2割をインドに移すと表明した。しかし今年3月に中国を訪れたティム・クック最高経営責任者(CEO)は、世界中で中国ほど大事なサプライチェーンは存在しないと認めた。
<関税リスクにもろい経済>
ところが第2次貿易戦争になると、中国はかなり旗色が悪くなるのではないだろうか。今後米政府は、習氏を以前ほど信頼しない公算が高く、交渉による事態改善はずっと難しくなる。その影響は非常に大きい。
UBSのエコノミストチームは、米国が対中関税を60%に引き上げれば、中国の国内総生産(GDP)成長率を2.5ポイント押し下げ、成長率は実質的に半分になってしまうと試算している。中国政府が政策対応に動けば、押し下げ幅は1.5ポイントほどに縮小可能だが、マイナス効果の半分は輸出の落ち込みによってもたらされるという。
重圧はすぐさま人民元にかかるだろう。18年と19年に、米国が新たな関税をちらつかせた際に市場の懸念にさらされたのと同じ構図だ。BNPパリバの見通しでは、中国が痛手を和らげるために内需刺激策を打ち出しても打ち出さなくても、人民元の対ドル相場は6%下がる。
いずれのシナリオでも、人民元は今年既にさえない成長に伴って圧力を受けているだけに、為替レートを管理する中国通貨当局にとっては厳しい局面が到来する。中国を世界的な金融大国にするために強い人民元を望む習氏の方針にも反する。最終的には米国の追加関税が、景気てこ入れのために中国が実施できる金融緩和の余地を制限しかねない。現在でさえ、中国の今年の成長率は指導部が目標としている「5%前後」に達するのは困難とみられている。
さらに悪いことに、7月に共産党指導部が発表した政策方針を見ると、中国が低調な内需をカバーするため、電気自動車(EV)から医療機器まであらゆる分野の輸出に頼る産業政策に一段と注力するとはっきり示されている。そうした取り組みで中国経済は一段と米国の関税リスクに対して脆弱性をさらす形になる。
端的に言えば、これまでのところは中国が貿易戦争で受けた傷は比較的浅いかもしれない。とはいえ政策担当者が資源を投入している成長モデルは、第2次米中貿易戦争をより危険で、悪影響を打ち消すのを困難にしてしまう。
中国にとって、今度の貿易戦争は「凶」であり、あっさりと敗北するだろう。
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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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